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2015年10月

ふんどし

2015年10月29日(木) by キヨタカ

Nさんから、『ふんどし』が送られてきた。
 
なかなかセクシーな感じ。Img_2411_1
 
と言うのも、彼女は女性専用の手作りふんどしのプロ。
 
私が、長年のふんどし愛好家である事を知り、
 
「男性用も研究したい」との事で・・・
 
『試着品』を送って頂いたのだ。
 
 
手作りのパンフには
 
からだ解放ショーツ:
 
身体の要であるお腹と腰を締め付けから解放し、身体本来の力を発揮しましょう!
 
と書いてある。
 
「うん、うん、なる程ね〜。」
 
彼女の主張に、激しく同意している。
 
 
私のふんどし歴は、かれこれ20年近い。
 
きっかけは、当時流行した「ノーパン健康法」だったと思う。
 
早速試したところ、ブリーフの締め付けがないから、開放感が素晴らしいヽ(´▽`)/
 
昼間もパンツを履きたくなくなったので、しばらくはブリーフなしでダイレクトにズボンを履いたりもした。
 
が、さすがに気がひける(^-^;
 
そこで、試しにふんどしにしたら、とても具合がいい。
 
 
残念ながら越中ふんどしは、「前垂れの布」が邪魔。
 
ズボンとの相性が悪く、運動性能も劣る。
 
そこで、前垂れナシの「もっこふんどし」にしたところ、問題解消。
 
以来、私の人生になくてはならない存在になった。
 
 
私が還暦を過ぎて、元気でいられるのも・・・
 
ふんどしに負うところが大きい。
 
早速試着して結果を報告し、『究極のふんどし』を創作して貰おうと思っている。
 
 
心と身体は、コインの裏と表と同じで、表裏一体。
 
心を解放するには、まず身体の解放から始めるのが近道。
 
身体の解放は、ふんどしから始まる!
 
とは、私の実体験だ。
 
 
「日本人は本来霊性が高く、ハートが開いた存在だ」と、フーマンは語っていた。
 
残念ながら、西洋流の物質文明の圧倒的な影響により、日本人本来の魂は徹底的に封印されてしまった。
 
ブリーフを捨て、ふんどしを取り戻そう!
 
『 日本人の霊性を取り戻す』大いなる一歩となるだろう(* ̄0 ̄)ノ
 
と、マジで思っている。

自信は持たなくても‥

2015年10月28日(水) by キヨタカ

 
 「自分自身に対する自信を持つように!」
 
フーマンから言われた、主要なメッセージだ。
 
それからというもの、自信を持つために奮闘努力をし続けたが‥
 
結局の所、本当の自信は持てないままだった。
 
 
その一方において、「I AM(私が在る)」の体験は、格段に深まった。
 
その結果‥
 
「自信は持たなくても‥大丈夫!」
 
だと解った。
 
 
そもそも、自信とは何だろう?
 
自信とは、「自らを信ずる」と書く。
 
つまり、「自分」という不確かなものを、不確かにもかかわらず「信ずる」という事だ。
 
これは、「神」という不確かなものを、不確かにもかかわらず「信じる」のと同じ事。
 
巷の宗教の信者さん達と 、あまり違わない。
 
 
「I AM(私が在る)」とは、リアリティであり、信じる事とは違う。
 
意識の主体が目覚める事であり、体験的な事実だ。
 
 
朝になると太陽が昇り、夜になると月や星々が夜空を飾る。
 
しかし、誰も太陽や月や星々を「信じる」とは言わない。
 
空を見上げれば、一目瞭然だから。
 
 
あるかないか不確かな「自分」を信ずるよりも‥
 
「I AM(私が在る)」という、一目瞭然の事実に目覚めた方が確実だ。
 
 
そうすれば、ことさら頑張らなくとも、月や太陽のように周囲を輝かせることが出来る。
 
例え、周りを輝かすことは出来なくとも‥
 
星の如く、自ら輝くようになる。
 
 
 
PS タロット・リーディングのモニターお申し込みありがとうございます。
 
  申し込みが殺到しましたので、(‥でもないか(^-^;
 
   モニター募集は、一旦終了させていただきます。
 
   近日中の再開をお楽しみに♫
 

瞑想タロット・リーディング

2015年10月27日(火) by キヨタカ

 先月に続いて、今夜の満月もスーパームーン。
 
某、占星術のサイトによると・・
 
スーパーサイズでスーパーパワフルな今年最後のスーパー ムーンです。
 
通常の満月が緊張とドラマを生むとすれば、スーパームーンはそれを何倍にもふくらませます。
 
幸い、どの満月のときも、人生を変えるために何か ポジティブなことをやりたいと思っている人々は幸先(さいさき)のよいスター トを切ることができます。
 
いよいよ皆さんのスーパーパワーに気づき、それを発揮するときです!
 
 
なるほどね。

私もスーパームーンにちなみ、幸先の良いスタートを切るべく、何かチャレンジしよう!


と言う訳で、新しく瞑想タロット・リーディングを始めた。


モニター募集中なので、興味のある方は、遠慮なくメールを下さい。




不可思議

2015年10月26日(月) by キヨタカ

 マインドは、物事を複雑にする。

ハートは、物事をシンプルにする。

 

マインドで生きると、世界は地獄となる。

ハートで生きれば、この世は既に極楽だ。

 
人は誰だって、極楽を生きたいと願っているはずなのだが‥
 
実際に極楽を生きる人は稀だ。
 
人間とは、実に不可思議な存在だな〜( ̄Д ̄;;

老い

2015年10月25日(日) by キヨタカ

 一週間の実家滞在を終えて、先ほど修善寺へ戻った。
 
母が帯状疱疹で寝込んだのが、今から6年前。
 
それからは、毎月修善寺と実家を行ったり来たり。
 
延々と、この生活パターンを続けている。
 
なんだか、「賽の河原に石を積んでいる」ような気持ちになる。
 
 
しかし諸行無常の世の中、現れるものは全て消えていくのが真実。
 
この生活パターンも、いつの日か終わりを迎えるのだろう。
 
おかげさまで母は元気だが、会うたびに確実に老いが進行しつつある。
 
毎回一緒に病院へ行く度に、血圧や頻尿等々の薬を処方される。
 
しかし、老いは病気ではない。
 
誰にでも例外なく訪れる厳然たる事実だ。
 
 
母を何とか助けたいと思っても、老いに関する根本的な事実に立ち向かう術はない。
 
『おほよそ無常忽ちにいたるときは、国王・大臣、親昵・従僕・妻子・珍宝、たすくるなし、ただひとり黄泉に趣くのみなり。』
 
学生時代に知った道元禅師の言葉が、今は切迫感をもって心に響くようになりつつある。
 
母の老いを通して、人生で一番大切な事は何かを、再度確認させてもらっている。
 
実に有難い事だ。
 
 
 
ところで、某氏からのセッションに関する問い合わせについて返事をした所‥
 
先ほど、
 
いつになるかわかりませんが、いつか申し込みをしたいと思います。
 
と言う返事を頂いた。
 
「いつか、ではなく今ですよ!」と返事をしようとしたのだが、やめた。
 
意識の目覚めには、魂の奥底から湧き上がる切迫感が必要だ。
 
それがない限り、単なるマインドのゲームになってしまう。
 
「今日が最期の日」という切迫感と、いつあの世へ旅立っても大丈夫という「大安心」とがユニークに統合された人生を歩みたいものである。

カツオのたたき

2015年10月23日(金) by キヨタカ

昨日の夕食は、『カツオのたたき』がテーブルに。
Katsuotataki
 
なかなかの美味。
 
 
「ただの刺身と違って、炙ったり叩いたりするから旨味が引き立つんだネ」
 
と、何気なしにおしゃべりしたら・・・
 
 
「牛肉なんかと違って、カツオは叩かないよ(´,_ゝ`)プッ」
 
、と母に笑われた。
 
ヨガビも母に同意している。
 
「え!?」
 
と、不思議に思いネットで調べたら・・・
 
カツオのたたきは、叩いて柔らかくするものではない事が判明。
 
 
『カツオのたたき』を生まれて初めて食べたのは、中学生になってからだと思う。
 
それから半世紀近く、『カツオのたたき』は叩いて肉を柔らかくするものと思い込んでいた。
 
 
その間、ず〜っと勘違いしていながら、全く気付くことなく今日まで過ごしてきた。
 
その事に、不思議な感動を味わっている。

実家にいても・・

2015年10月19日(月) by キヨタカ

昨日より、小山市の実家に滞在中。

 

肉体の居場所は変化しても、私(I)は変化せず在る(AM)。

その私(I)こそが、気づきの主体、つまりプレゼンスだ。

 

思考も感情も肉体も、外側の全ては、来ては去っていく。

しかしそれに気づいている私(I)は、変化しない。

 

来ては去っていく事にフォーカスしすぎると、それに振り回される。

プレゼンスにフォーカスしていれば、実家にいても大丈夫。

 

All is Well!

全ては上手く行く。

 

滑る 楽しさ♫

2015年10月18日(日) by キヨタカ

瞑想の3大要素。

プレゼンス、ビーング、ハート

修善寺日誌の読者は、目にタコができるくらい読んでいるはず。

 

説明の便宜上、3つに分けているが、やがてこれらは一つに統合される。

すると、人生が一変する。

 

ウィンドサーフィンの様に、『滑る』様になる。

恩寵の風に吹かれて、世間の荒波をスイスイと進むのだ。

時には、派手に撃沈する事も儘あるが、それもまた愛嬌。

楽しさの一場面に過ぎない。

 

『滑る』というと、滑って転んだり、試験に滑ったり、ジョークが滑ったり・・・(^-^;

苦痛を感じる人も多い。

しかし、本当は『滑る』ことは実に楽しい。

滑る楽しさは、スケボーを楽しむ人間だけに止まらない。Img_1126

ヤギだって、楽しんでいる。

 

坂道で滑って・・・

バランスを失うと、転んで痛い目に会う。

しかし上手にバランスを取れば、スイスイと滑れる。20151018_72528_2

 

バランスとは統合だ。

相反するエネルギーを『統べる』と・・・

バランスが取れて、上手に楽しく『滑る』事が出来る。

 

プレゼンス、ビーイング、ハートを統べる事で・・・

人生を滑る楽しさを満喫しようヽ(´▽`)/

Funny video of a Goat having fun

"Why should humans have all the fun ?". .Funny video of a Goat having fun.....

Posted by IndiaGlitz Telugu on 2015年8月26日

強烈な浄化が起きたリトリート〜Kさんの感想

2015年10月17日(土) by キヨタカ

リトリートは、実は参加を決意した時点で始まる。
 
エネルギーが、それに向けて動き出し、必要なプロセスが起こるのだ。
 
特に、リトリートが始める1週間前になると、それが顕著になる。
 
私は主催者側だから、ビックリするくらいエネルギーが変化するが、参加者もそれを感じる人が多い。
 
 
なぜそうなるのか、本当のところはミステリーとしか言えない。
 
けれども、何か『大いなる宇宙の意志』がその背後にある事は間違いない。
 
リトリートの主催はリーラスペースだが・・・
 
リーラスペースをしてリトリートを起こさせている『大いなる主催者』がその背後にある。
 
そして、 『それ』が参加者や主催者に必要なプロセスを用意してくれているのだ。
 
 
 
通常はとてもポジティブな変化が多いが・・・
 
時には、体調が悪くなったり、マインドがネガティブになったりする事もある。
 
それは、『リトリートに向けて必要な浄化』である事が多い。
 
 
実は参加者のKさんから、
 
4日前よりセキが出てきていて、今日は熱っぽいところもあります。
 
明日、病院へ行って診てもらおうと思っていますが、
万一、土曜日まで回復しなければ、キャンセルと
なるかもしれません。
 
とのメールを頂いた。
 
「 例のアレだな!」
 
ピーンと感じた私は・・・
 
『リトリート直前になると、いろいろなエネルギーが動いて、
既に浄化が起こり始める事がよくあります。』
 
と返事して、リトリートに来られるようお祈りした。
 
 
祈りのせいもあり(?)、無事リトリートに参加。
 
途中具合が悪くなったりもしたが、順調にリトリートを終えて帰られた。
 
その後どうされているか心配したが、昨日リトリートの感想を頂いた。
 
元気そうで、何より。
 
ぜひまた、リトリートに参加して下さい(*^-^)
 
 
* * * Kさんの感想 * * *
 
先日は、リトリート、お世話になりました。
 
体調が不良で、途中で帰ろうかと思うくらい体調が悪くなり、
参加も危ぶまれましたが、最後まで参加できてよかったです。
 
一昨日のブログに、OSHOの浄化のことが書いてありましたが、
 
浄化をともなった瞑想は大切だと思いますね。
 
 
私のように、他から来た者にしますと、
 
ボディワークなどをともなった浄化は大変な効果が感じられます。
 
また、その必要性がよくわかります。
 
身体には、様々なものが刻まれていて、それがボディワークで
解消されていくことを実感しています。
 
 
キヨタカさんが言われた通り、腹部には潜在意識のこだわりなどがある、
というのは、過去に実体験していますので、こうした辺りは
体感的に、ものすごくよくわかります。
 
しかも、リーラの雰囲気はいいですので、
私にとって、欠かせない修行場になりつつある感じです。
 
 
実際、前回では、笑い・泣きのワークで、
右の腸腰筋あたりにあったコリが取れて、
ヨガの際、昔の通り、体を右側に楽々曲げることができるようになっています。
 
体験的にいいましても、浄化は必要ですね。
 
ぜひとも、継続していただいて、浄化をともなった瞑想を
していただければと思います。
 
 
あと、今回は、やはり浄化が強烈に出たのではないかと思います。
 
下痢は、今日、ようやく終わりました。
 
けれども医者は「原因がわからない」ということでした。
 
お腹に風邪が入ると、嘔吐をともなうといいます。
 
しかしながら、嘔吐がありません。
 
ですので、医師も首をかしげていました。
 
 
それと、リトリートが終わった夜、なんと左の胸が痛くなり、
呼吸困難になるほど苦しくなったものです。
 
心臓に異変が起きたのかと気になりましたが、そうではなく、
左の胸の筋肉なのか、強いコリが出ている感じでした。
 
死ぬかと思うくらい痛く、呼吸が困難になりつらかったものです。
 
 
けれども、翌日になってケロリと治ってしまいました。
 
どうやら、左の胸辺りのエネルギーブロック解消と関係して
いるのではないかと思います。
 
同じように、下痢が続いたのも、腹部のブロック解消と
関係しているのかもしれません。
 
少し経過観察が必要ですが、今回は、強烈に浄化が起きた
リトリートだったのではないかと思います。
 
 
浄化作用をともなうキヨタカさんのリトリート。
 
大変、魅力的です。
 
また、参加させていただくと思います。
 
よろしくお願いいたします。
 
また、今回もお世話になりました。
 
by K

『明確』の意味

2015年10月16日(金) by キヨタカ

昨晩、アジズ時代からの熱心な瞑想家のTさんからメールがあった。
 
未だに、未だにステート・オブ・プレゼンスが明確にならず・・・
 
との事。
 
Tさんは、過去15年間情熱的にステート・オブ・プレゼンスに取り組んでおられる。
 
また瞑想も続けている。
 
だから、明確にならないはずがない。
 
と、いつも思うのだが・・・
 
いつも、「明確にならない」と言い続けている。
 
おそらく、『明確』という事の意味を取り違えておられるのだろう。
 
 
世の中には、『何でも明確にしたい』という人々が、大勢いる。
 
数学者なんか、その典型例だろう。
 
しかし何でも明確にしたい数学者でも、明確に出来ない数字がある。
 
例えば、2乗したら2となる元の数。
 
つまり、ルート2の事だけれども・・・
 
√2=1.41421356・・・(一夜一夜に人見頃・・・)
 
と無限に小数点が続き、絶対に終わりがない。
 
だから 、決して明確に整数として記述出来ない。
 
数学者も、『明確にするのは無理』と諦めて・・・
 
『無理数』
 
名付けた。
 
 
古代ギリシャでは、『何でも整数で明確に表される』と信じていたそうだ。
 
「三平方の定理」で有名なピタゴラスは、「万物の源は数」であると主張して宗教団体の教祖にまでなったと言う。
 
 
ところが、あろうことか弟子のヒッパソスが右のようなSquare_root_of_2_trianglesvg
 
直角三角形の場合、整数の比では表せないことを発見。
 
驚いたピタゴラスは、この数の存在を封印。
 
遂には、ヒッパソスを殺害してしまったとかヾ(.;.;゚Д゚)ノ
 
 
 
しかし明確にできないからといって、無理数を封印しても殺害しても、あるものはある。
 
だから、エイ・ヤーと、ルートをかけて・・・
 
√2としてダイレクトに認識する他に方法がない。
 
 
ステート・オブ・プレゼンスも、それと似ている。
 
五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)で認識は出来ない。
 
なぜなら、五感で認識できるものは、全て五感の対象物だ。
 
プレゼンスとは五感を通して認識している主体の事。
 
鏡は外側のあらゆる景色を映し出しても、鏡としての自分自身は映せないのと同じ理屈だ。
 
 
だから、エイ・ヤーと、認識のベクトル(方向)を逆転させて・・・
 
ステート・オブ・プレゼンスとしてダイレクトに認識する他ない。
 
明日のスカイプセッションでは、今度こそ必ずダイレクトに認識して欲しい。

一本のネジ

2015年10月15日(木) by キヨタカ

 
朝のスカイプ・セッション後、伊豆・白浜へ。
 
波が荒くてベテランのウィンド・サーファーも敬遠しがちなゲレンデだが、今日はとても穏やかなコンディション。
 
車で1時間15分のドライブで、気分転換にもってこいの場所だ。
 
真っ白な砂浜に青い海。Images
 
非常に神聖な雰囲気が漂っていて、さすが白浜神社がこの場所に建てられたのも納得。
 
All is well!
 
全ては 上手く 行っている!
 
 
天気も良く、最高〜!の気分でボードを車から降ろしてフィンをセットしようとしたら‥
 
ネジがない(@Д@;
 
この日の為に、先日ホームセンターで購入したネジを、自宅に忘れた。
Bi1514
 
ト・ホ・ホ・・・(ノд・。)
 
 
ネジがないと、フィンをセットできない。
 
フィンがないと、ボードのコントロールは不可能。
 
したがって、海に出られない。
 
僅か10円程度の一本のネジのせいで、
 
この日の白浜遠征は無駄足になってしまった。
 
しかしそのお陰で・・・
 
虚しい帰りのドライブ中に、ちょっとした閃きが降りてきた。
 
 
世の中には、全ては上手く行っている 人と、その他の人々がいる。
 
社会の荒波を楽々と乗りこなして、地上天国をエンジョイするか?
 
それとも荒波に翻弄されて、七転八倒の地獄に苦しむか?
 
その違いは、とてつもなく大きい。
 
しかしその原因は、僅か『一本のネジ』に相当するものがあるかどうかだ。
 

ウィンドサーフィンと違い、ネジがないからと言って、人生の航海を延期するわけにはいかない。
 
一刻の猶予も与えず、ネジを探す必要がある。
 
人生におけるたった『一本のネジ』に相当するもの・・・
 
それが、『気づきの主体としてのプレゼンス』なのだ。
 
 
それさえあれば、大丈夫(*^-^)
 
All is well!
 
海には出れなかったけれども・・・
 
帰りのドライブを楽しめたことは言うまでもない ♬

浄化を伴う瞑想

2015年10月14日(水) by キヨタカ

今回のリトリートは、ほぼ全員がリピーターだったので、私も非常に気合が入った。

だから‥

未だかつてない深みに到達できるだろう。

と予想して、初日に通常行なう初参加者向けの説明や様々なテクニックはできるだけ省いた。

そして、静に座る瞑想を通して、存在の深みに浸ることに徹するようにした。

 

ところがΣ( ̄ロ ̄lll)、

初日の瞑想は、坐ることに苦痛を感じる参加者がかなり多かったようだ。

なんだか禅寺修行のようなエネルギーになってしまった(@Д@;

 

そこで、翌日の瞑想は従来通り、浄化を伴う瞑想やハートの瞑想を行った。

すると、エネルギーが一変。

参加者の誰もが、いつも通りの至福に満ちた瞑想体験を味わうことが出来た。

結果的には、初日の伝統的な瞑想修行と、翌日の動的な新しい瞑想技法の違いを体験的に  理解できて、私にとっても参加者にとっても良かったと思う。

 
それにしても、浄化を伴う瞑想技法がいかに素晴らしいものかを、改めて確認できた。
 
その多くはOSHOから学んだものだ。
 
かつて禅寺修行で精神崩壊の一歩手前まで追い込まれた事がある。
 
だから、浄化を伴う瞑想の大切さは人一倍よく理解しているつもりだった。
 
しかし、もうそろそろ浄化を伴う瞑想は必要ないのではないか?
 
時代は進化しているから、OSHOの革新的瞑想技法も時代遅れかも知れない?
と密かに思い始めていた。
 
 
ところが、今回のリトリートを通して、
 
今更ながら、OSHOの存在の素晴らしさに感動ヽ(´▽`)/
 
もちろんOSHOとて完璧ではないから、欠点や不足している部分もある。
 
しかし、OSHOの瞑想への貢献度は生半可なものではない。
 
釈迦の登場により、瞑想が広く人類一般に普及したように、
 
OSHOの登場により、人類は新しい瞑想技法を通して、新人類へと進化し始めることを確信した。
 
 
OSHOの下で瞑想を学べたことは、なんと幸運だった事か!
 
有り難く、幸せだ。
 
この幸せを、ぜひともみなさんに分かち合って行きたい(*^-^)

すべては上手く行く〜Yさんの感想

2015年10月13日(火) by キヨタカ

 リトリートが無事終了。
 
早速、Yさんがリトリートの感想を送ってくれた。
 
 
Yさんは、修善寺日誌の熱心な愛読者で、毎回素敵な俳句を投稿して頂いている。
 
最初の頃は、正直言って掲載していいものかどうか迷うこともあったけど(;ω;)
 
最近では、とても素敵なスピリチュアル俳句となっている。
 
 
瞑想やウィンドサーフィン同様に、俳句も『継続は力なり!」ということをつくづく感じる。
 
今後とも、瞑想と俳句をぜひ継続して欲しい。
 
 
人生を振り返ってみると、いろいろなことに手を出したな〜(*^-^)
 
残念だが、ずっと継続できたものは非常に数少ない(ρ_;)
 
しかしながら、その中にあって、瞑想だけはずっと継続している。
 
より大いなる力が、私をして継続の力を与えてくれている。
 
実に有難く思う。
 
 

* * * Yさんの感想 * * *
 
前略 キヨタカ&スタッフ一同様m(_ _)m
 
 
 お疲れさまでした!
 
誠に有難うございました^^v
 
 
相も変わらず、食事の美味さ!
 
恒例のリーラのカレー!&肉好きな私としたらランチのご飯の上に乗っかってた”おふ”系なるものは、有難かった~~~>。
 
< 温泉も二度も入りました!!ラッキー((^^))
 
 
 ”一筋縄ではいかないリトリート?!”と私的に思われた、、、、、
 
 初心者みたいな私でさえ『場がいつもより強く出来上がってるのかな~?!』と感じさせられ
 
その分(?!)
 
、一日目は瞑想に入りやすい一方、入れない時のマインドの抵抗感も強く感じ、
 
特に静かに座る瞑想はキツク
 
「もう、イイ 勘弁してしてくれ~」っと思う事も度々ありました;>。<;
 
 
まるで、波良し!風好し!天気良し(雨のリトリートでしたが)!
 
ウインドサーフィン絶好のコンディション^^v
 
乗れれば最高!乗れねば撃沈=。=ボードが流された~みたいな、、、、(笑)
 
 
今回はリトリート体験者が多いいとの事で
 
《未だかつてない深みに到達できるだろう。≫
 
という修善寺日誌の予告(?!)もあり、
 
冗談がてら「今日はディープになりますか?!(笑)などと出合い頭、キヨタカさんに
ほざくと、
 
即座に「Yさん次第ですー。-」
 
と即答されてしまいました、あハハハハハハ。
 
 
確かに”私”次第で、この一年で、三月のリトリートをへて今回(二度目)の今年最後のリトリートまで成長したと自負しているが、
 
日々のワークが身に付いていなければ、今回のリトリートの深みを体験しきれなかっ
たのではと思いました、
 
その時々のレベルで吸収するのでしょうが、、、、。
 
 
さて、一日目が終わり
 
「静かに座る瞑想は明日以降どのように私に影響するのだろう?!」
 
と思いつつ23時程に床に就いたものの、
 
3時過ぎに目が覚め、というより、マインドに揺り起こされた形で目を覚ましてしまった?!
 
あまり寝つきが悪い方ではないし、眠るのが好きな方なので、
 
「また、忌々しい時間に起きたな~たくっマインドが!
 
まぁ、いっか、後2時間程寝れるし=。=」とタカをくくっていたら、
 
マインドが暴れ回り、以降、2度寝の喜びを断念させられてしまった(笑)
 
 
仕方なく、マインドを観照しつつ、などなど、紅茶を飲みつつの、朝風呂など、いつもはしない事など半強制的に(?!)させられたようで、半面は優雅に過ごさせて頂いた^^v
 
 
二日目はアクティブ・メディテーションと静かに座る瞑想のコンビネーションで私にとってはリーラらしいリトリートになって、瞑想も今までになく、深く入れることが大半で大漁感覚であった。
 
 
前回、3月のリトリートのスマッシュ的な感覚はさほどなかったにせよ
 
(私的に)トータル的にマインドの抵抗も含みつつ、
 
やはりディープに今回のリトリートを体験出来たなっと思うし、特別なリトリートに成るだろうと予感している、、、、、、。
 
 
 
二日目後半ラスト近くに、キヨタカさんが言われた、フーマンの言葉が大変、腑に落ちた!!
 
                         【ALL IS WELL】
 
 悟った人はどんな感じなのかをフーマンが答え、キヨタカさんに伝えた言葉だ、、、、。
 
                     ”≪すべてはうまくいく≫という感覚だよ”
 
 キヨタカさんも日誌でよく書かれていたが、今回、改めて『ハッ!』とした!!
 
              「すべてはうまくいく」という現実ではなく、
 
              「すべてはうまくいく」という感覚なのかっ!と。
 
              ああ、分かる!「これがそれだよねっ!」 と。
 
       (やっと、バカボンのパパが理解出来た気持ちですらある、マジでっ!{笑})
 
 このワードが今回の私のリトリート(どころでは無い)を締めくくった!といっても過言ではありませんでした。
 
                         ありがとうキヨタカさん((^。^))
 
 
 
帰り間際のお茶など飲みながらのシェアリングで
 
《起こるに任せた》キヨタカさんを見て
 
”あぁーキヨタカさんが一層深くなられたのだな~”
 
と生意気ながら、しみじみ感じ入った今日この頃でした。
 
 
 
瞑想リーダーの臨在、場の効用、我々から通してみなぎる意識の相乗効果はリトリートでしか味わえません!
 
またご縁がありましたらよろしくお願いいたしますm(_ _)m
 
 
    【御成功を】^^v
 
                     Yょㇼ
                                              以上
 
 
 
 
 
 

明日からリトリート

2015年10月9日(金) by キヨタカ

 明日から、リトリートが始まる。
 
 
今日は、スタッフ一同で恒例の環境整備を行っている。
 
実は2週間前に前倒しで庭を手入れしてしまった。
 
天候にも恵まれて、今回は非常に余裕がある。
 
 
毎回リトリートの雰囲気はかなり違う。
 
今度のリトリートは、 参加者の殆どがリトリート体験者で占められている。
 
『リピーターの為の、アドヴァンス・リトリートを設けて欲しい』
 
というご意見が前々からあるが、諸般の事情でそうはなっていない。
 
でも今回は、期せずしてドヴァンス的雰囲気が漂っている。
 
だから、未だかつてない深みに到達できるだろう。
 
何が起こるか、非常に楽しみ(*^-^)

キヨタカ予想

2015年10月5日(月) by キヨタカ

今日は朝から、本館テラスのペンキ塗り。
 
最近、同じ伊豆半島に越してきたNさんが、手伝ってくれて大助かり。
(正確に言うと、Nさんの作業を私が手伝ったのだが・・・(^-^;)
 
水性ペイントなので身体への負担もなく、作業そのものが瞑想的でとても気持ち良かった。
 
休憩時間に一緒にお茶を飲んでいたら、Nさん曰く。
 
「昨日の日誌が面白かった」
 
との事。
 
聞けば、なんと彼女は高校時代に数学が得意科目だったとか!
 
農業やガーデニングが趣味と聞いていたので、頭より身体を使うタイプと思い込んでいたのだが、人は見かけによらない。
 
嬉しくなって、さっそく『リーマン予想』について、紙とペンを使い説明し始めたのだが・・・
 
話がこんがらかってしまい、上手く説明できない(ノ_-。)
 
「解った」と「解ったつもり」の違いが、よく解った。
 
今度会う時までに、完璧に理解しておこう。
 
 
ところで、昨日の本の中に、天才数学者ガウスの有名なエピソードが紹介されていた。
 
少年だったガウスは、やんちゃだったため、先生から罰として
 
「1から100まで全部足してみなさい!」
 
と課題を出された。
 
すると、ガウスは一瞬で「5050」と答えたという。
 
 
普通なら、1+2+3+・・・と計算するから、計算機やそろばんを使っても時間がかかる。
 
ところが、彼は全く違う計算方法を使った。
 
1と100と、両端から順に足し算していくのだ。
 
1+100=101
2+ 99=101
3+ 98=101
  ・・・
  ・・・
50+51=101
 
つまり・・・1から50まで同じパターンを50回繰り返すわけだから・・・
 
101×50=5050 
 
これなら、計算が苦手の私でも一瞬で答えが出せる。
 
 
 
『頭を使う事は、実に素晴らしい!』
 
と最近、つくづく思う。
 
私のペンネーム『天野(AMANO) 』は、インドの神秘家OSHOからもらった名前だ。
 
サンスクリット語(?)で、ノーマインド(無心)を意味する。
 
瞑想を習いたての頃は、ノーマインドを目指して必死で瞑想修行に邁進していた。
 
そして、 『頭を使う事は非瞑想的だ』と思い込んでしまった。
 
 
しかし本当は、瞑想と頭を使う事は全く矛盾しない。
 
今では、その事が良く分かる。
 
『頭は使うものであって、頭に使われてはいけない。
 
瞑想を通して、頭を使う主体に目覚める事。
 
そうすれば、誰でもガウス少年のように頭を賢く使えるようになる筈だ。』
 
これを、『キヨタカ予想』と名付けよう。
 
『リーマン予想』と同じく、まだ証明はされていないけれども・・・
 
この予想が証明されたら、100万ドルなど比べものにならないほどの価値がある!

既に知っている感覚

2015年10月4日(日) by キヨタカ

 
 『素数はなぜ人を惹きつけるか』を読んだ。Unknown
 
数学に疎い人にも解りやすく書かれていて、あたかも小説のようにスラスラと読める。
 
サイエンスライター竹内氏の面目躍如たる本。
 
数学が苦手だった私でも、高校生の時にこうした楽しい本を読んでいたら、得意科目になっていたかも・・・?
 
 
数学の世界には、『ミレニアム懸賞問題』というものがあるそうだ。
 
もし証明できたら、100万ドル(約1億2千万円)もらえるという。
 
その中で最も有名なのが、『リーマン予想』
 
20151004_215007_2
 
 
 
リーマンが発見した、素数の公式だと言う。
 
そして・・・
 
「ゼータ関数の自明でない零点は、その実部がすべて1/2の直線上にある筈だ」
 
 
何が何だかさっぱり解らない・・・(@Д@;
 
 
ところが、この本を読むと・・・
 
何となく解ったような氣がするから可笑しい。
 
だがそれは単なる錯覚に過ぎず、本当は何も解ってはいないはず。
 
あたかも、悟りについて易しく書かれた本を読むと、何となく悟ったような錯覚に陥るのと似ている。
 
 
しかし、この『解ったという感覚』には、一種独特の不可思議な快感がある。
 
『魂の琴線に触れる』感覚だ。
 
 
日常生活のさまざまな場面で、このような感覚がやってくる。
 
大自然の中で美しい光景に出会った時や美しい音楽を聞いた時、学問の過程で深淵な真実の一部を垣間見た時、またある時は温泉 に入ってホッと一息ついた時等々・・・
 
マインドは理解できなくても、その奥底にある魂は『既に知っている』のだ。
 
 
人間には知りえない真実が、この大宇宙に根本原理として潜んでいる。
 
それが宇宙の叡智であり、神と言ってもいい。
 
そして、その叡智あるいは神の分霊(分霊)が、私たちの魂だ。
 
だからこそ、この『既に知っている感覚』を大切にしたい。

高圧洗浄

2015年10月2日(金) by キヨタカ

来週末に行われるりトリートに備えて、現在施設の環境を整備中。

すでに先週、数名のボランティアの方々が手伝ってくれたので、準備万端に整いつつある。

来週早々には、本館廻りの木造手すりのペンキ塗りをNさんが手伝ってくれることになった。

そこでペンキ塗りの下準備として、高圧洗浄機をレンタル。

今日は、手すりを綺麗に洗浄した。

 

単にホースで洗浄しても、汚れはほとんど落ちない。

ところが 、高圧洗浄だとびっくりするくらい綺麗に落ちるではないか!

もうすっかり、洗浄する快感にはまってしまった。

そこで、食堂棟の壁もついでにトライ。Img_2358

苔や埃で黒っぽくなっていた壁が見違えるほど真っ白になり、感動!

 

壁を洗浄しながら、洞察が降りて来た。

『瞑想とは、意識の洗浄だ!』

瞑想しないと、意識の表面にマインドのゴミがこびりついて・・・

真我が埋もれてしまう。

しかし、マインドのゴミは非常にパワフル。

通常の瞑想では、残念ながら、なかなか剥がれ落ちない。

何か特別の方法が必要だ。

 

リトリートとは、その特別な何かだ。

わずか2日間で、高圧洗浄のように、長年の間蓄積したゴミを一気に洗い流す。

すると、 ちょうど食堂棟の壁の様に、真っ白な真我が自ずと輝き出すのだ。

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