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2016年5月

物も自分も大切に・・・

2016年5月30日(月) by キヨタカ

 先日、ヨガビがレクサスの新車を買った夢を日誌に書いたら・・・
 
リトリートの手伝いを毎回してもらっているFさんから、手紙を貰った。
 
 
 
レクサスの夢のブログ、面白かったです。
 
ブログを読んで思った事は、
007_o_2
 
レクサス(心から大切に思うもの) を買うと、物を大切にするので・・・
 
レクサスもウィンドの道具も、自分の事も大切にするから、買えばいいのにと思いました。
 
そしたら、ポルシェと一緒にドライブに行きましょう!
 
 
 
 
Fさんは瞑想は言うに及ばず、外側の現実世界も豊かになるように、セルフ・エンパワーメントの研究を長年続けている。
 
今では長年の努力が実を結び、10年前には単なる夢でしかなかった事柄を、次々と破竹の勢いで現実化し続け・・・
 
10年前に思い描いてまだ現実化していないのは、ポルシェを購入してドライブする事だけだとか。
 
実に頼もしい限りだ!
 
 
さっそく、
 
「Fさんがそう言うなら迷うことはない! レクサスを買うぞ〜(* ̄0 ̄)ノ」
 
とヨガビに宣言したところ・・・
 
 
 
「Fさんとキヨタカは違う!
 
Img_2741_1_2『高級品なら絶対になくさない!』と言って買った、
レイバンのサングラス・・・
 
何ヶ月もったの?」
 
というキツ〜い一言が帰ってきた(ρ_;)
 
 
確かに、その通りかも知れない。
 
新しい物に飛びつく前に・・・
 
物も自分も大切にする心を養う事が先決だ。
 
しばらくサボっていた『断・捨・離』を再開して、大切で心ときめく物や人々に囲まれた生活を実践することから始めよう!
 
中古のイプサムだって、フーマンやアジズ時代の思い出が沢山詰まっている。
 
私にとってはまだまだ心がときめくから、当分の間は大切に乗り続けるつもり。

ナイトイベント終了〜参加者の感想〜

2016年5月29日(日) by キヨタカ

 昨日(土曜日)、新宿ナイトイベントが無事終了。

今回は瞑想の初心者が多かったにもかかわらず、かなり深い瞑想的スペースを共有できて、私自身が驚いている。
 
幼い頃から絵を描くことが大好きというAさんから、とても素敵な感想を送って頂いた。
 
瞑想会は初めてだそうだが、絵を描くことで、瞑想的な土壌がとても良く整えられたようだ。
 
また、毎回熱心に参加されているMさんからも、素敵な感想のメールを頂いた。
 
Mさんのように リーラスペースの瞑想会に毎回参加される方々の熱意に支えられて、毎回奇跡的に素晴らしい場が創造されている。
 
実に有難い!
次回は7月1日(金)を予定しています。
 
 
* * Aさんの感想 * * 
 
Oshoの本を読み漁り、絵を描いていた日々でしたが初めて本格的な瞑想を体験しました。
 
瞑想は絵と近いものがあるのか感覚的にスッと入ってきました。
 
周辺視野を使ってベクトルを内側に向けたりするコツ、
過去も未来も無く今しかない、
エゴでは無く真実の自己という話、
 
全部絵の経験から感覚的に理解出来ました。
 
 
瞑想会の途中から目の前の光景の見え方が変わりました。
 
何というか絵的な感じです。
 
もしかしたら絵を観てる時はモチーフや世界観、色や形、テクニック、印象と合わせて絵が表している本質も観ようとしているけど、目の前の光景、人物にも同じように本質を観ようとしているのかも知れないなぁ?とか思ったり。
 
あと新宿駅はこんなにも騒々しい所だったんですね(笑)
 
 
なんだか一回の参加で感覚が変わってきたかも知れません。
 
持続するかは分かりませんが、瞑想は思ってたより肌に合ってるようです。
 
来月の瞑想会は自分の絵の展示会と日程が被る気がしますが、なんとか都合をつけてまた参加したいと思います。
 
今日はありがとうございました。
 
 
 
* * Mさんの感想 * *
昨日はお疲れ様でした。
 
時間が足りなくなったようですが
とても素晴らしい会でした。
 
新宿にいるとは思えない高いエネルギーでしたね。
 
リーラスペース主催のイベントは
エネルギーが高いので、
マインドに落ちても、
自然にl AMに戻されるので、
本当に有り難いです。
 
(略)
 
毎月一度の新宿瞑想会も
有難くとても楽しみです。
 
ありがとうございます(*^^*)
 
love M

夢から醒めて・・・

2016年5月24日(火) by キヨタカ

 昨日から、実家に戻っている。
 
朝起きて庭を見たら、トヨタの高級車レクサスが停まっている。
 
キヨタカ:「新車だね、誰のだろう?」
 
ヨガビ:「キヨタカの車古いから、レクサスに変えたの。」
 
キヨタカ:「え〜w(゚o゚)w 冗談でしょ!」
 
ヨガビ:「冗談じゃないわ。キヨタカがよく言う『想定の法則』に従ったの(* ̄0 ̄)ノ」
 
キヨタカ:「あたかも金持ちであるかのように想定して行動すると、実際にそうなる・・ってやつ?』
 
ヨガビ:「そう、これで私たちお金持ち路線を真っしぐらね。」
 
キヨタカ:「ひぇ〜、高級車じゃウィンドの道具だって気軽に運べないよ!夢であったら醒めてくれ〜!!」
 
 
 
・・・と強く思ったら、本当に夢から醒めた。
 
念のため庭を見たら、同じトヨタのイプサムが停まっていてホッとひと安心。
 
走行距離を月まで(38万キロ)延ばすべく、現役で頑張ってくれている愛車だ。
 
 
夢であると知りながら見る夢を、明晰夢(Lucid Dreaming)と言う。
 
最近、明晰夢を見るべく色々とチャレンジしているのだが、これがなかなか難しい。
 
ヨガビがレクサスを買うなんて、現実では絶対にありえない事だが・・・
 
夢の中では、それに何の疑問も感じななくなってしまうから不思議だ。
 
夢を夢と見抜くには、予想以上に相当の気づきと修練が必要なようだ。
 
 
ところで、今こうして日誌を書いているわけだが・・・
 
実は、今ここにある現実そのものが夢でないという保証はどこにもない。
 
ちょうどレクサスが夢である事を見抜けなかったように、日誌を書いているこの現実が夢の中の出来事にすぎないとしたら・・・?
 
『胡蝶の夢』で有名な荘子は、まさにこの難問を我々に問いかけ続けている。
 
もしかしたら、荘子が夢の中でこの日誌を書いているのかも?
 
蝶が夢の中で荘子になり得るのだったら、荘子がキヨタカの夢を見る事は十分に可能だ。
 
 
しかし、荘子の難問から抜け出す唯一の方法がある。
 
それが、「この夢を見ている私は誰か?」という、根源的な問いだ。
 
もちろんその答えは、キヨタカとか荘子と蝶ではない事は明らか。
 
なぜならそうした自己イメージは、それ自身が夢でありストーリーに過ぎないから。
 
その背後に、真の答えが潜んでいる。
 
それこそが真の実在であり、『「I AM/私が在る』という事だ。
 
 
『想定の法則』は、実際に上手くいく事が多々ある。
 
例えば、「自分はお金持ち」と想定したり、あるいは「健康である」とか「良い仕事が見つかった」とか、はたまた「女性にモテる」とか想定し、実際にそのように行動する事で、望む結果が得られたという話は枚挙にいとまがない。
 
しかし、お金がないのにお金持ちと想定するのだから、それらはフィクションであり夢に過ぎずそれなりの限度がある。
 
しかしながら、数ある想定の法則の中で、唯一フイクションではないものがある。
 
それが、『「I AM/私が在る』という事だ。
 
 
哲学者のデカルトもまた、存在の全てを疑い、唯一疑いようのない基盤を発見した。
 
それが同じこの、『「I AM/私が在る』だ。
 
残念ながら、それを哲学の命題として、『我思う、ゆえに我あり』と考察し、思考の世界に舞い戻ってしまった。
 
だから覚者方からは、『それはベーシックエラーだ。「我あり、ゆえに我思う」としなければいけない。』と批判されてしまう。
 
 
真の瞑想は、デカルトと同じ基盤つまり『「I AM/私が在る』から出発する。
 
しかし思考の世界とは180度違う、内的領域へと旅立つ。
 
そして永遠の世界へ、思考の必要ない世界へ目覚めて行くのである。
 
言葉で伝えられるのはここまで。
 
体験されたい方は、ぜひ瞑想会に参加して下さい!

天上天下唯我独尊

2015年5月20日(金) by キヨタカ

 個人リトリートの為、数日間山籠りしていた。
 
新緑に囲まれた静かな森の中で、誰とも会話せずただ自分とだけ向き合う。
 
最高に贅沢な時間だった。
 
 
実は フーマンが存命の頃、「数ヶ月に一度個人リトリートをすると良い」と勧められ、あの頃は良く 個人リトリートをしたものだった。
 
しかし、当時は「今度こそ悟るゾー!」という意気込みばかりが空回りして、この一人のスペースを楽しむ余裕は全くなかった。
 
 
しかし、今は違う。082002200620022
 
大自然の中でただ一人在ることで、自然と釈迦の言う『天上天下唯我独尊』の境地を味わえるようになった。
 
 
 
 
内村鑑三の著書『代表的日本人』によると、江戸時代の儒学者 中江藤樹は釈迦のこの言葉が大 嫌いだったそうだ。
 
「こんな高慢な人間が天下にいるだろうか?」と疑問を投げかけている。
 
生涯に渡って、仏教が嫌いだったらしく、
 
「釈迦は天竺の狂者だ!」
 
とも語っている。
 
お釈迦様を向こうに回してこき下ろすのだから、中江藤樹は見上げた根性の持ち主だ!
 
さすが、『代表的日本人』に選ばれるだけの事はあるw(゚o゚)w
 
な〜んて、私なんかは感心してしまう。
 
 
しかし、もちろんそれは誤解である事は言うまでもない。
 
自我とは、他者との関わりを通して形成される自己イメージであり、固定化されたフィクションに過ぎない。
 
しかし、自然の中で他者を介在する事なく一人在ると、自我の必要性が失われる。
 
だから、いつの間にか「I AM/私が在る」の状態になる。
 
さらにはこの私は、大宇宙に偏在する大いなる私(That I AM)とつながっている事が、ごく自然にわかり始めるのだ。
 
そして自我を忘れる事で、大自然の生きとし生けるもの全てが、『I AM THAT I AM』を享受している事が自ずと明らかになる。
 
 
 
同じく『代表的日本人』で紹介されている二宮尊徳は、この事をとても良く理解していたようだ。
 
とても素敵な記事を見つけたので、コピペしておこう。
 
 
* * 二宮翁夜話巻の4 * *
 
【37】尊徳先生があるお寺に参詣された。
灌仏会があった。
尊徳先生はおっしゃった。

 
天上天下唯我独尊という事を、侠客者流などが、広言を吐いて、天下広しといえども、我にしく者はなしなどというのと同じように、釈尊の自慢と思っている者がある。
 
これは誤ちである。
 
これは釈尊だけでなく、世界皆、我も人も、ただこれ、我こそ、天上にも、天下にも尊い者である、我に勝って尊い物は、決して無いものであるという教訓の言葉である。
 
したがって銘々それぞれ、この我が身が天地間にこの上も無い尊いものである、なぜかといえば、天地間に自分がなければ、物が無いようであるからである。
 
そうであれば銘々それぞれ皆、天上天下唯我独尊である。
 
犬も独尊である、鷹も独尊である、猫も杓子(しゃくし)も独尊といってよいものである。 
 
唯我独尊と・・・是は釈氏のみならず、世界皆、我も人も、唯(ただ)此(これ)、我こそ、天上にも、天下(てんげ)にも尊き者なれ、我に勝りて尊き物は、必ず無きぞと云ふ、教訓の言葉なり、然れば則ち銘々各々、此の我が身が天地間に上無き尊き物ぞ、如何(いかん)となれば、天地間我(われ)なければ、物無きが如くなればなり、されば銘々各々皆、天上天下唯我独尊なり、犬も独尊なり、鷹も独尊也、猫も杓子(しやくし)も独尊と云ふて可なる物なり

プレゼンス1,000回

2016年5月19日(木) by キヨタカ

ウィンドサーフィンにのめり込んで、あっという間に8年が経過。
 
最近、ようやくレイル・ジャイブ(スピードを出したままの風下方向転換)が時々決まるようになった。
 
最初は、いくら教則本を読んでもさっぱりジャイプの本質が理解できなかった。
 
しかし諸先輩に色々と教わったりして、ようやくその意味を理解。
 
数年後には、理屈では完全に理解できるようになった。
 
 
・・しかし実際に海に出ると、全く出来ない(;ω;)
 
それもそのはず。
 
いくら理論を知っても、実践しないとスポーツは出来ない。
 
実際の波・風に対して、臨機応変に対応出来るようになって、初めてジャイブが決まるのだ。
 
 
ジャイブ上達の秘訣に、『ジャイブ1,000回』という金言がある。
 
何度も何度も繰り返して練習して、無意識に反応できるまで体に落とし込む必要があるのだ。
 
 
その意味で、瞑想はスポーツに似ている。
 
理屈はわかっても、体に落とし込まない限りあまり意味がない。
 
瞑想関連の本をどんなに読み込んでも、変容は起こらない。
 
野球教則本をどんなに読み込んでも、ホームランはおろかバットに玉を当てる事すら難しいのと同じ事だ。
 
 
例えば、『気づきの主体』としてのプレゼンス。
 
本を読んだだけでは、解りにくいかもしれない。
 
しかし最近では、私の個人セッションを一回でも受けてくれれば、殆どの方は知的に理解できるようになった。
 
しかし、知的に理解しただけでは、変容は起こらない。
 
日常生活において、繰り返し思い起こす必要がある。
 
 
ロシアの神秘家グルジェフは、それを自己想起(Self-Rembembrance)と名付けて、超努力を要求した。
 
仏教では、サマサティ(正念/Samasacti)と呼ぶ。
 
ヨガでは、絶えず内的に思い起こして体に落とし込む修行をアビヤーサ(Abhyasa)と呼んでいる。
 
同じ思想はキリスト教やイスラム教の神秘主義にも見られる。
 
意識変容を目指す真の教えであれば、古今東西に共通する概念だ。
 
 
だからこそ、プレゼンスを日常生活の中でいつも思い起こす必要がある。
 
最初は、1日一度くらいしかプレゼンスを体感出来ないかもしれない。
 
しかし、それでも毎日不断の努力が必要だ。
 
『プレゼンス1,000回』!
 
やがて、いつでもどこでも誰といても・・・プレゼンスをキープ出来るようになる。
 
 
プレゼンスを体に落とし込めさえすれば、世間の波風をスイスイとウィンドサーファーのように楽々と走り抜けることが出来るようになる。
 
もはや、努力は一切不要だ。
 
なぜなら、それが自己の本性である事を心身全体で知っているからだ。
 
するとこの世は、サンサーラ(苦界)からリーラ(遊界)へと変容するのである。

基本原理と美

2016年5月18日(水) by キヨタカ

古代から連綿と続く瞑想技法には様々な種類があり、何年実践してもよくわからないものがあった。
 
しかし、瞑想の3つの基本原理(プレゼンス・ビーイング・ハート)を知ってからは、どの瞑想技法に取り組んでも、すごく良く理解できるようになった。
 
 
それはちょうど、万華鏡の仕組みと似ている。20141825rainbowkaleidoscopevectorvi
 
万華鏡に映し出される世界は複雑で目が眩む。
 
しかし、実際にはほんのいくつかの着色された細片が、内部の複数の鏡に反射しているにすぎない。
 
 
この基本原理を把握する事の大切さは、瞑想だけに限らない。
 
学問やスポーツ、武道、経済、人間関係等々、森羅万象に通づるものがある。
 
どんな分野であれ、達人と言われる人々は、この原理を見抜いて体得した人々なのだろう。
 
 
 
学問の分野では、特に物理学は、この基本原理の探求こそが王道となる。
 
世界を構成する複雑怪奇な様々な物質を、より基本的な要素に還元して理解する事に心血を注いできた。
 
物質を構成する最小単位は何か?
 
19世紀に始まった現代物理学は、分子や原子を発見し、さらには素粒子の発見に至った。
 
つまり、「陽子、中性子、電子」が素粒子と言う訳である。
 
私が小学生の頃は、これが結論であり、子どもながらにとてもシンプルで凄いと感動したことを覚えている。
 
 
ところが『最新素粒子論』は、とんでもなく複雑になっている。
 
何しろ基本粒子が17もあり、覚えるにも一苦労だ。
 
解りやすく、図解した表(標準理論素粒子表)もある。 
Svg
 
 しかし、物理学素人の私の目にはこの表は複雑で混乱に拍車がかかる。
 
 素粒子とは、物質の最小単位なのだから、せめて3つとか5つくらいの基本粒子にまとめて欲しい。
 
それが17とはヾ(*゚A`)ノ
 
 
 
 
『自然は自らに調和し 相似する』とニュートンは語ったそうだが、物理の真実と美しさには深い相関関係があるらしい。
 
しかし、この図解は私の感性では全然美しくない。
 
だから、現代物理学の標準理論はどこかが変だ、と常々思っていたのだが・・・
 
 
最近、とても美しい図解があるのを知った。
 
それがこちら↓ 
 
Img_0098
 
全く同じ標準理論素粒子表である。
 
う〜ん、美しい!
 
美しすぎる!!
 
あたかも、ホロスコープのチャートでも見ているかのよう。
 
自然の相似形の秘密が、こんなところにも隠されていた!
 
並べ方を変えただけで、ここまで美しく変貌するとは実に驚きだ。
 
 
中心のHは、ヒッグス粒子。
 
質量を司る場なのだが、私なんかハートを連想してしまう。
 
瞑想にのめり込み過ぎか(^-^;
 
 
それはともかく、素粒子論には実に美しい根本原理が秘められているんだな〜と、感激している。
 
アインシュタインが生涯を捧げても果たせなかった統一場理論の完成という夢も、間近に迫っているのではないかとワクワクする。
 
 
ちなみに、ノーベル賞受賞者マレー・ゲルマンが物理学の美しさと真実について語っている動画を見つけたので、コピペしよう。
 
暇な時に、ぜひご覧ください。
 

ヒーリングとハート〜スカイプセッションの感想〜

2016年5月17日(火) by キヨタカ

連続スカイプセッションを受けているSさんと、先日セッションをした。

ゴールデンウィーク・リトリート等もあり、しばらくご無沙汰していた。

その間に色々な新たな展開があったそうで・・・

『ヒーラーになる決意』をしたと言う。

 

Sさんの決意を聞いて、新たな人生の展開を喜ぶと同時に多少の不安も覚えた。

瞑想の道を歩む者の多くは、その途上で『ヒーラー』を目指す方々が多い。

『ヒーラー』とか『癒し』はとても素晴らしく思え、憧れを抱きがちだ。

私自身、様々なヒーリングテクニックを学び、ヒーリングのプロとして生活の糧を得ていた時期もあった。

 

しかし『ヒーラーになる事』は、実は様々な危険をはらんでいるのも事実。

そもそも『ヒーラー』として活動する事は、自分をネガティブなエネルギーに晒す事に

なる。

だから、様々なトラブルに巻き込まれる可能性がある。

優秀なヒーラーであれば、相手のネガティブエネルギーを一時的に取り除く事は可能だが、実際には相手のネガティブエネルギーを背負い込んでしまうケースもよく起こる。

(あまり言いたくないけど・・・世間で活躍していた有名なヒーラーほど、実は早死にしている人が多いという厳然たる事実もある。)

またヒーラーとしての実力がつけばつく程、エゴが強化されて、悟りから遠ざかる人も残念ながら多いようだ。

(これもあまり言いたくないけど・・・OSHOはヒーリング活動に従事するセラピストに対して、自分の問題を相手に投影してヒーリングで忙しくしている人々は、『悟りが遅れる』と厳しく警告している。)

しかしながら混迷の極みにある今の世界では、一人でも多くのヒーラーが登場する必要がある事も確かだ。

 

私の体験上、ヒーラーとして活動する上で、最も安全かつ効果的な方法はたった一つしかない。

それは、「ハートで癒す」と言う事だ。

そこで、今回のセッションでは、Sさんのハートに働きかける瞑想をした。

すると早速、感想のメールを頂いた。

こちらの意図をが正しく伝わり、とても嬉しい。

 

キヨタカさん。

ありがとうございました。

今日のセッションを受けることができて、本当に嬉しいです。

(略)

今日は、涙が流れっぱなしの瞑想でした。

これまでずっと、ハートから癒す。これをやりたい。と思いながら、

恐れがあったり、まだまだなんとなくの感覚だったのだと思いました。

 

今日は、はっきりとハートで癒すという体験を

恐れずにできたように思います。

今日の瞑想の間中ずっと、ハートで癒せる、ハートがある。(わかっているつもりでしたが)

これが体験として、しっかりと、深く知ったという感覚が

ただただ嬉しくて涙が止まりませんでした。

(略)

とても素晴らしい時間でした。

 

by S

創造主が目を覚ます〜Yさんの感想〜

2016年5月10日(火) by キヨタカ

  リーラスペースのリトリートは、回を重ねる度に進化し続けていると自負している。

特に今年からは、従来のリトリートで追及して来た『する事』から『在る事』へのシフトにとどまらず、源泉に触れる事で起こり始める『潜在的可能性の開花』を新たなテーマにした。

だからこそ、セルフエンパワーメントに言及し、創造主の領域にも触れている。

しかしこうした事柄はとても重要である反面、様々な誤解や偏見も起こる可能性もあるので、慎重に取り扱う必要があるだろう。

 

参加者のYさんから、感想のメールを頂いた。

初めてのリトリートであるにもかかわらず、私が伝えたかった事をとても素直に明確に理解して頂けたようで、とても嬉しい。

これからは誤解を恐れずに、さらに深くこの新しいテーマに取り組みたいと思っている。

 

* * Yさんの感想 * *

先日のGWリトリートでは、大変お世話になりました。
 
ありがとうございます!
 
少し遅くなりましたが、感想を送らせていただきます。
 
よろしければ、空いてるお時間にでも読んでいただけましたら幸いです。
 
 
まず、一言でいえば…ベストのタイミングで素晴らしい恩恵に授かれたと感じています。
 
解釈はマインドが後から付けるものなので、すべて創作ストーリーになってしまいますが、それを言ってしまったらまさに禅病…十牛図の6~8番目止まりになってしまうと思います。
 
もちろん、十牛図のどこで楽しもうと本人の自由ですし、その選択は人それぞれだとは思います。
 
しかし、僕は娑婆に戻って本当の自分からハートから人生を再創造したい、アーティスティックに表現して生きたいというインスピレーションを受け取っていました。
 
そして、それを決めました。だからこそ、今回のリトリートに導かれ、参加できたのではないかと思っています。
 
今回のリトリートのメインテーマであった「エンパワーメント」は、十牛図でいうところの9番目、10番目への招待状…本当の自分から生きることを確立させる至高のギフトでした。
 
それを体感せずにはいられない素晴らしい瞑想プログラムだったと感じてます。
 
 
3日目に完全に風邪のような症状が起きましたが、すべてはリトリートの恩恵による波動調整…浄化だと感じましたし、4日目の瞑想中には真っ白な光に包まれて、ハートの愛が全体に感じられて…そのコアには、連続した強い至福感のようなものが鼓動していました。
 
そしてその鼓動が、ネガティブなマインド、記憶、身体などの要素をすべて自動的に吸い込み、愛に変容してくれるのです。
 
その感覚は、リトリート後の今もつねに感じ続けております。
 
たまに呼吸が浅くなってしまっていて、ハートとの繋がりが浅くなることがありますが…呼吸が浅いことにもすぐ気付けますし、すぐさま呼吸を深めることを行なえば…また、することから在る状態になれます。
 
身体のどこに緊張があって、今後はどこを解放することに取り組んでけば良いか…それもよく  把握できました。まだまだのびしろが自分に感じられて、とても楽しい気持ちでワクワクしています。
 
話は、リトリート後に移りますが…
 
(略)
 
・・・まだ、今後の展開はどうなるか分かりませんが、思いはあずけて楽々と今にリラックスして過ごしていれば、ハートから生きていれば、願いは思いもよらぬ形で急速に叶って行くんではないかという実感が芽生えております。
 
創造主が目を覚ましました。
 
まだ完全ではないにせよ、自由自在に動きゆく本当の自分へのシフトを果たすことができたと感じています。
 
まだまだシェアしたいことがたくさんありますが、とんでもなく長くなってしまいますので…またお会いした際にでもお話しできたら嬉しいです。
 
真理を追及してる仲間たちにキヨタカさんのリーラスペースを紹介して、喜びのエネルギーをシェア、循環したく思っております。
 
 (略)
 
今後ともよろしくお願いします。

ハートへのシフト〜Oさんの感想〜

2016年5月9日(月) by キヨタカ

プレゼンス(Presence)とは、「気づき」が対象物に向かわず、それ自身に止まった状態を言う。

真の瞑想は、このプレゼンスが目覚る時に始まる事は、リーラスペースに関心のある方なら既にご存知だろう。

プレゼンスが目覚めれば、思考や感情から距離を置く事が出来るので、無心の境地を味わう事が出来るのだ。

 

『思考や感情』と『プレゼンス』は、反比例する。

プレゼンスが0%の人は、『思考や感情』に100%支配されている状態。

プレゼンスが50%になると、『思考や感情』の支配も50%程度となる。

プレゼンスが100%になると、『思考や感情』の支配から完全に自由となる。

 

・・・しかし、それは単に理論上の話で、実際にプレゼンスの目覚めだけで『思考や感情』から自由になった人はむしろ例外に属するように思う。

だからこそ、ビーイング(Being)やハート(Heart)へとシフトして行くことが大切になる。

どんなに頑張ってプレゼンスにいようとしても、『思考や感情』の支配から自由になるのは至難の技だ。

ところが、ハート(Heart)へとシフトすると、突然に『思考や感情』から自由な広大な内的スペースが広がっている事を知って驚く。

 

参加者のOさんがご自身のブログにリトリートの感想を書いて頂いたので、転載しますs。

Oさんは非常に熱心にリトリートに関わってくれています。

リトリートに参加される度に、瞑想がどんどんと深まってハートの次元へとシフトして行く様子がよくわかり、主催者として嬉しい限りです。

* * Oさんの感想 * *

本日までリーラスペースのリトリートに参加していました。
 
3泊4日という久々に長めのリトリートでしたが、心身ともにすっきりと今までの疲れも回復し、これまでになかった気づきや体験もあって、とても充実したものとなりました。
 
詳しくは後日書くかもしれませんが、非常に印象に残ったことは、私は瞑想中に結構思考や感情が湧き出てくるのですが、今回は今までほどは出てこずに、出てきたとしても濃度が薄く、あまり煩わされることもなく、長時間の瞑想に取り組むことができました。
 
なぜそれほど思考が出てこなかったのかというと、私は長年に渡る瞑想の傾向として、エネルギーをひたすら上げることを行っていましたが、それによって頭にエネルギーが集中し、そうすると思考が湧き出てくることを、今回改めて気づきました。
 
そしてハートに意識を向けることで、あまり思考が出てくることなく、出てきてもそれほど強くなく、すぐに内面が静まり瞑想を行えました。
 
思考は頭で生じるので、頭にエネルギーが集中することで、意識もそちらに向かい、それによって思考が強く生じます。
 
一方ハートはフィーリングであり、思考に影響を受けず、それによってハートに意識を向けることで、思考に悩まされることもなくなっていきました。
 
現代人は頭でっかちになり、ハートのフィーリングを忘れがちです。
 
思考も現実世界を生きる上で必要なこともありますが、あまりにも私たちは思考に支配されてしまい、ハートから遠ざかっています。
 
リーラスペースでハートに取り組むことで、私自身大きな変容がありましたが、今回は今まで以上にハートが深まりました。
 
今後の展開が楽しみです。
 
まだまだ色々とありましたが、余力があったらさらに詳しくこの場で発表します。

ゴールデンウィーク・リトリート終了!〜参加者の感想〜

2016年5月6日(金) by キヨタカ

 ゴールデンウィーク・リトリートが無事終了。
 
さっそっく、参加者のNさんから感想のメールを頂いたので、一部を転載します。
 
 
ところで・・・ 
 
昨年のゴールデンウィーク・リトリートはほぼ全員が女性参加者で、男性は1名のみ。
 
とても親密な雰囲気で、愛と平和に満たされた軽やかなものだった。
 
しかし実は、内心で多少の物足りなさを感じたのも事実。
 
 
真理の探求は、それ自体がとても崇高な行為だ。Mounteverestcnn1
 
死をも厭わず最高峰を目指す気高い精神、そうした味わいが本物の真理の探求には漂う。
 
『神々の山嶺』である世界最高峰のエベレストを目指す登山家も、同じエネルギーに突き動かされていることは間違いない。
 
これは、本来男性エネルギーに特有なものだ。
 
 
残念だが昨年のリトリートでは、それをあまり感じなかった。
 
そこで今年は、男性の探求者にもアピールする様に、『超本格的なリトリート』を目指した。
 
期間も5日間と大幅に延長。
 
新しい次元の扉が開き、飛躍的に進化したリトリート
 
と銘打って、それにふさわしい内容を用意。
 
さらに・・・
 
〜セルフ・エンパワーメント〜 

を、強調した。
 
おかげさまで、本格的に真理を探求している真摯な男性諸君がそれなりに集まってくれた。
 
 
ところが・・・
 
今回は女性陣が完全に引いてしまった。
 
Part1は1名のみ。
 
Part2は『全員男性』という、リーラスペース開びゃく以来の珍事となった(^_^;)
 
どうやら、 『バカと煙は高いところに上りたがる』と女性から誤解されてしまったようだ。
 
願わくば、次回のリトリートは男女半々となるよう、今日から毎日お祈りをしよう。
 
 
* * Nさんの感想 * *
 
新しい次元の扉が開き、飛躍的に進化したリトリート
 
濃密で美しく、楽しい時間をありがとうございました。
 
キヨタカさんのとても楽しそうな姿が印象的で、思い出すと思わず笑みがこぼれます。
 
たくさんの気づきがありましたので、いくつかをご報告させていただきます。
 
 
浄化がとても大切だということが身にしみてわかりました。
 
初日がすぎてから、全身が筋肉痛のような状態になりました。
 
体の隅々に溜まっていたブロックが揺り動かされ、浄化のプロセスが起こっていると理解しました。
 
不思議と瞑想の時間には気になることもなくなり、リトリート終了後には消えていました。
 
帰宅後、家族から顔が痩せたと言われました。
 
数日ですっきりとしてしまったようです。
 
 
食事制限はまったく苦にならず、逆にとても快適に過ごすことができました。
 
食事の欲望のスイッチを気づかずに押して、それがほかの欲望と連動して働いていたことがよくわかりました。
 
浅かった呼吸が徐々に深まり、それとともにくつろぎも深まっていきました。
 
くつろぎが深まると、思考が下に落ちていきやすくなって眠りのような心地よさを目覚めながら体験していました。
 
レム催眠に似た状態だと思うのですが、思考がかすかな夢のように上の方で上映されていました。
 
もっと深くなると、ノンレム睡眠の状態で気づきが残るのだろうと思いましたが、今はまだ推測です。
 
 
ハートの沈黙では、想念がハートに落ちると自然に涙に変容される現象がおきました。
 
想念は次々と湧いてきて、涙が流れつづけるので困ってしまいました。
 
私はハートを黄金色の光で感じるのですが、「ハートに何もないことを感じる(味わう?)」とシェアリングの時に言っておられる方がいたのがとても印象的でした。
 
深い言葉だと思いました。
 
 
また、これまではハートを感じるととても繊細で弱々しい感覚で痛みをともなうことが多かったのですが、今回はすこしエネルギーも感じました。
 
くつろぎと気づきが深まることと関係あるのかもしれないと思いました。
 
ただ座る、ただ在るだけなのにとても気持ちよくて幸せを感じたことが最大のギフトでした。
 
よけいなことを外していけばいいだけなのですね。
 
 
最後に、肝心のクリエイティヴについて。
 
座っていると、つぼみから花が咲いていくイメージがやってきました。
 
何もないところから立ち現われて咲きました。
 
咲く力であり、咲かせる力であり、花そのものが咲くことである。
 
とても腑に落ちたのですが、うまく言葉にできません。
 
そのもの「I AM」として「Response Ability」をしていく。
 
窮地に陥った時にその状態になることが何度かありました。
 
いつもその状態ならとてつもない力です。
 
キヨタカさんが興奮していた意味がすこしわかったように思いました。
 
 
素晴らしい時間、環境をどうもありがとうございました。
 
スタッフの皆様、キヨタカさんの喜び、そして参加者の皆様に深く感謝いたします。
 
p.s.
男だけのリトリート、通っていた男子校みたいで懐かしくとても楽しかったです。

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