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夢から醒めて・・・

2016年5月24日(火) by キヨタカ

 昨日から、実家に戻っている。
 
朝起きて庭を見たら、トヨタの高級車レクサスが停まっている。
 
キヨタカ:「新車だね、誰のだろう?」
 
ヨガビ:「キヨタカの車古いから、レクサスに変えたの。」
 
キヨタカ:「え〜w(゚o゚)w 冗談でしょ!」
 
ヨガビ:「冗談じゃないわ。キヨタカがよく言う『想定の法則』に従ったの(* ̄0 ̄)ノ」
 
キヨタカ:「あたかも金持ちであるかのように想定して行動すると、実際にそうなる・・ってやつ?』
 
ヨガビ:「そう、これで私たちお金持ち路線を真っしぐらね。」
 
キヨタカ:「ひぇ〜、高級車じゃウィンドの道具だって気軽に運べないよ!夢であったら醒めてくれ〜!!」
 
 
 
・・・と強く思ったら、本当に夢から醒めた。
 
念のため庭を見たら、同じトヨタのイプサムが停まっていてホッとひと安心。
 
走行距離を月まで(38万キロ)延ばすべく、現役で頑張ってくれている愛車だ。
 
 
夢であると知りながら見る夢を、明晰夢(Lucid Dreaming)と言う。
 
最近、明晰夢を見るべく色々とチャレンジしているのだが、これがなかなか難しい。
 
ヨガビがレクサスを買うなんて、現実では絶対にありえない事だが・・・
 
夢の中では、それに何の疑問も感じななくなってしまうから不思議だ。
 
夢を夢と見抜くには、予想以上に相当の気づきと修練が必要なようだ。
 
 
ところで、今こうして日誌を書いているわけだが・・・
 
実は、今ここにある現実そのものが夢でないという保証はどこにもない。
 
ちょうどレクサスが夢である事を見抜けなかったように、日誌を書いているこの現実が夢の中の出来事にすぎないとしたら・・・?
 
『胡蝶の夢』で有名な荘子は、まさにこの難問を我々に問いかけ続けている。
 
もしかしたら、荘子が夢の中でこの日誌を書いているのかも?
 
蝶が夢の中で荘子になり得るのだったら、荘子がキヨタカの夢を見る事は十分に可能だ。
 
 
しかし、荘子の難問から抜け出す唯一の方法がある。
 
それが、「この夢を見ている私は誰か?」という、根源的な問いだ。
 
もちろんその答えは、キヨタカとか荘子と蝶ではない事は明らか。
 
なぜならそうした自己イメージは、それ自身が夢でありストーリーに過ぎないから。
 
その背後に、真の答えが潜んでいる。
 
それこそが真の実在であり、『「I AM/私が在る』という事だ。
 
 
『想定の法則』は、実際に上手くいく事が多々ある。
 
例えば、「自分はお金持ち」と想定したり、あるいは「健康である」とか「良い仕事が見つかった」とか、はたまた「女性にモテる」とか想定し、実際にそのように行動する事で、望む結果が得られたという話は枚挙にいとまがない。
 
しかし、お金がないのにお金持ちと想定するのだから、それらはフィクションであり夢に過ぎずそれなりの限度がある。
 
しかしながら、数ある想定の法則の中で、唯一フイクションではないものがある。
 
それが、『「I AM/私が在る』という事だ。
 
 
哲学者のデカルトもまた、存在の全てを疑い、唯一疑いようのない基盤を発見した。
 
それが同じこの、『「I AM/私が在る』だ。
 
残念ながら、それを哲学の命題として、『我思う、ゆえに我あり』と考察し、思考の世界に舞い戻ってしまった。
 
だから覚者方からは、『それはベーシックエラーだ。「我あり、ゆえに我思う」としなければいけない。』と批判されてしまう。
 
 
真の瞑想は、デカルトと同じ基盤つまり『「I AM/私が在る』から出発する。
 
しかし思考の世界とは180度違う、内的領域へと旅立つ。
 
そして永遠の世界へ、思考の必要ない世界へ目覚めて行くのである。
 
言葉で伝えられるのはここまで。
 
体験されたい方は、ぜひ瞑想会に参加して下さい!

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