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2016年7月

リトリートの感想〜その効能は続いています〜

2016年7月31日(日) by キヨタカ

 旬が過ぎると、人々は興味を示さなくなる。
 
ポケモンGOだって、いつかは終わる。
 
最近のネット用語では 、終わったコンテンツで 「オワコン」というらしい。
 
ところが「オワコン」という用語自体がオワコンだそうで、時の流れの加速化にはただただ驚くばかり!
 
 
しかしながら、世の中には終わらないものがある。
 
芭蕉は、ずっと変わらないものを『不易』と言い、前者を『流行』として、両者の絶妙なバランスが俳句の肝であると説いた。
 
 
瞑想は、時代を貫く真実であり、『不易』だ。
 
そういう訳で、7月のリトリートの感想をOさんから頂いたので、アップします。
 
「旬が過ぎる」ことはありえませんので(^-^;
 
ぜひご覧ください。
 
 
* * Oさんの感想 * *


キヨタカさん,こんにちは。
 
先日はお世話になりました。
 
2年ぶりのリトリートでしたが,リーラスペースはやっぱり違うなと思いました。
 
 
まず場のもつパワーには圧倒されます。ホールに入るだけでハートなどが共振してきます。

それだけでも素晴らしいものです。
 
リトリートでは,キヨタカさんの的確な誘導のもと,アクティブな瞑想から静かな瞑想まで,ありとあらゆる手法を駆使した瞑想で,エネルギーを充填していただきました。
 
リトリートの後,帰ってくると,すごいエネルギーのパワーが感じられ,クラクラするくらいでした。 
 
 
ほぼ二週間経ちましたが,その効能は続いています。
 
というものの,ばたばたとした日常の中で生活していると,やはり静かさを見失いがちになります。
 
しかし,一旦,静かに座ると,すーっとエネルギーが満ちてきます。
 
ハートの波動もまだ強いままです。
 
 
今日はこのところ日課にしている瞑想を行うと,ノーマインドの状態になりました。
 
リトリートで味わったあの状態です。
 
それにしても,ノーマインドの状態はなんとも気持ちのいいものですね。
 
 
さらに,これまで,プレゼンスを保つことはまあまあできるようになっていたのですが,ビーイ 
ングにつながる感覚がつかめないでいました。
 
今回のリトリートでは,ビーイングにくつろぐという瞑想が多く取り入れられており,ビーイングにつながる?感覚がわかったのは,とても素晴らしい収穫でした。
 
また,リトリートで感じた身体のブロックもまだありそうですので,瞑想で自己浄化をしていきたいと思っています。
 
 
このところ,私(自我)の背景に,

決して片時も失われることはなく,常に一定で変化せず,気づいている意識(それ,存在)をなんとなく覚知できるようになってきたので、

静かな暮らしの中で、もっとノーマインドの在るにくつろげるようになればと思っています。
 
今後ともよろしくお願いします。
 
by O

ポケモンGO的ゲーム

2016年7月30日(土) by キヨタカ

 ゲームアプリのポケモンGOが日本でも大人気だという。
 
「ゲームで仮想現実(VR)にはまった若者を、外の世界に連れ出す画期的アプリ」と、私の知り合いが大絶賛していた。
 
そこで、好奇心に駆られた私は早速ダウンロード。
 
 
スマホの画面から覗いた現実の世界に、ゲームの世界が重ねて表示される。
 
アイテムをゲットするには、その場所まで実際に行かなければならない。
 
ゲーマー同士が、その場で交流もできるという。
 
なるほど、面白そう(*^-^)
 
はまる人は、相当にはまりそうだな。
 
収集癖のない私は、30分で飽きてしまったけど・・・(^-^;
 
 
この技術は仮想現実(VR/Virtual Rreality)ではなく、拡張現実(AR/Augmented Reality)と言うそうだ。
 
デジタルで作られた世界の中に完全に没入し周囲の状況に無関心になってしまう仮想現実(VR)よりも、健康的かつ実用的かも知れない。
 
 
しかしながら、よくよく考えてみると、私たちは誰もが ポケモンGO的ゲームにはまっている。
 
つまり、現実の世界に、自分独自の思考や感情を投影して世界を認識している。
 
例えば職場に、嫌いな上司がいる。
 
「職場に上司がいる」のは現実(Reality)だが、「職場に嫌いな上司」がいるのは拡張現実(Augmented Reality)という事だ。
 
 
マインドは過去の体験をベースに、好き嫌いの基準を創り上げ、現実世界に投影する。
 
ポケモンGOなら、アプリを終了すればすぐに現実に戻れる。

160729_215741_edしかし、マインドのゲームの場合、無意識なので始末が悪い。

いかにマインドのゲームにはまっているか、まず「自分を見つめる」事から始めなければならい。
 
 
「自分を見つめる」のは簡単ではない。
 
普通の人は、その必要性すら感じない。
 
拡張現実があまりにも当たり前なので、マインドのゲームをしている実感すらないからだ。
 
 
瞑想とは、リアリティーとヴァーチャルを識別する技術だ。
 
「言うは易く行うは難し」の世界。
 
しかし マインドのゲームをリセットする地道な作業の功徳は計り知れないものがあるだろう。

羽化

2016年7月26日(火) by キヨタカ

Img_1174_2

庭の片隅で、羽化したてのセミを発見。

全く動く気配ナシ。

 

自分の抜け殻を、じっと観察しているようだ。

ほんの数時間前まで、羽は生えていなかった。

 

まだ自分が空を飛べる事が、信じられないようだ。

もしかしたら、まだ自分は幼虫なのだと思い込んでいるのかもね。

 

チョンとつついて、驚かそう。

そうすれば、飛び立つかも?

と思ったが、自然に任せる事にした。

自らの力に目覚めれば、やがて当たり前のように大空に向かって飛び立つだろう。

リトりートの感想〜アセンションした実感〜

2016年7月24日(日) by キヨタカ

 Yさんから、リトリートの感想を頂きましたので、さっそくアップします。

 

「真理を探求する人々は、2つのタイプに分かれる」とOSHOはよく語っていた。

ボーディサットヴァ(bodhisattva/菩薩)とアルハット(arhat/阿羅漢)の2つだ。

 

アルハットは、自分が解放される道を徹底的に求め、悟りを開くことを究極の目的とする。

だから、悟りを開いたら、この世に止まる必要がなくなるので、さっさとあの世へ旅立つそうだ。

一方ボーディサットヴァは、自分の悟りを後回しにしてでも、多くの人々を救う事に命を捧げようとする。

 

それぞれ魂の質だから、どちらが良いというわけではない。

私はどちらかと言うと、ボーディサットヴァタイプだった。

OSHOの弟子を自認していた頃は、OSHOが語る真理や愛を人々に分かち合う事に無上の喜びを感じていた。

ところが、典型的なアルハットタイプのアジズと出会ってから、自分の探求の質がガラリと変化。

何よりもまず自分が解放される事が大切である事を痛感し、その事を最優先にし始めたのである。

 

リーラスペースのリトリートに参加される方々は、どちらかと言うとアルハットタイプが多い。

非常に真摯に道を求めてやってくる。

リピーターとして、何度もリトリートに参加される方々も多い。

しかしあくまでも個人的に参加される事に徹しているので、なかなかリトリートが一般に広がりにくい。

瞑想とは、一人静かに自己と向き合う事が基本だから、それで良しと思っている。

 

ところが、前回のりトリートに参加されたYさんは、典型的なボーディサットヴァタイプに思われる。

今回は、職場も含め大勢の仲間を連れて参加して頂いたのだ。

リーラスペースとしては非常に有り難かった。

しかし仲間を連れての参加となると、自分の成長が後回しになる可能性もあるので、多少の心配があった。

しかし、それは単なる杞憂であった事が、Yさんの感想を読んで良く分かる。

是非また、大勢の仲間を連れて参加して下さい。

 

* * Yさんの感想 * *

キヨタカさん

 
こんにちは!
 
Yです。
 
GWに引き続き、先日のリトリートは素晴らしいものでした(^^)/
 
一緒に参加した仲間共々に喜びを噛みしめています。
 
本当にありがとうございます。
 
ということで、今回の感想をシェアさせてください。
 
 
今回の参加目的は、「ハートが開く体感を仲間とシェア」でした。
 
僕は、前回のGWリトリートですでにハートが開いた実感があり、
この2ヶ月半で現実がガラッと変わってきてました。
 
一緒に仕事をしていくメンバー全員とリーラスペースのリトリートに参加して、
それぞれの恩寵の扉が開いたら、一体どうなるのか?
 
そのワクワクに従って、僕を含めた4名で参加させていただいたわけです。
 
 
ところが、その期待は裏切られました。
 
連れて行った仲間たちは、みんなそれぞれに深い気付きがあったようですが、
より深くハートに繋がり、恩寵の扉が開いたのは、他ならぬ僕自身だったのです。
 
新たな次元に上昇した実感があります。
 
言葉をバシャール風に言うのであれば、
アセンションした実感があります。
 
 
今回は、前回ほど頑張らずにリラックスして座ってました。
 
痛みが出たら、我慢せずにすぐ姿勢を変えたりもしました。
 
もちろん、その痛みに無意識に反応したのではなく、
意識的に気づきながらの選択ではありましたが。
 
それが、逆に良かったのかもしれません。
 
今の自分を一切否定せず、ゆったり寛いで過ごせたので。
 
 
リトリート後の7月20日の満月に手放したい自分を書き出したのですが、
一昨日昨日今日と不要となった自分の手放しが起こり続けてます!
 
人生を支配してコントロールしようとする自分
 
社会性や役割など自分を義務感に縛り付ける自分
 
今の自分を否定して変えようとする自分etc..
 
かなり深いところにあった自分がワサワサと外側の事象となって、
 
僕の前に現れてきました。
 
そして、そんな自分をすべて受け入れ、許し、愛し、手放すことができたのです。
 
 
詳しいお話はまたお会いした際にでもシェアさせていただきますが、
 
今とてもワクワクする超スケールの大きい実験を行ってます。
 
結果はどうなるか分かりませんが、心の深いところにあった自分の手放しを行い、
そのタイムラインで生きることを無理なく決めることができました。
 
この実験が上手く行けば、奇跡の体験となり、
 
今までの常識は音を立て崩れることでしょう!
 
きっと上手く行きます。
 
理由も明確になりましたし、それが今の自分の正直な思いなので。
 
どんな自分で生きたっていいのに…人は本来自由なのに…
ほとんどの人が、自分で自分を不自由に縛り付けています。
 
しかし、ハートの奥にある恩寵の扉が開くことによって、
様々な自分の中から好きな自分を選んで、今を生きることを選べるようになります。
 
引き寄せの法則、悟り、アセンション、ノンデュアリティ、解放などなど、
 
スピリチュアルのメッセージは色々な表現をしていますが、
 
もっとも伝えたいのは、この一点なのではないでしょうか。
 
 僕も今後は、自分を最大限に発揮して、このことをシェアして行きます(^^)/
 
本当の自分を…真理を知りたい人たちへ
 
素晴らしいリトリートを開催してくださって、
 
本当にありがとうございました。
 
秋のリトリートは、さらにパワフルになりそうですね!
 
楽しみにしています(^^)/
 
by Y

解決策

2016年7月23日(土) by キヨタカ

 市役所へ介護関係の申請書類を再提出する必要があり、1泊2日の日程で実家に滞在。
 
母と半日だけ一緒に過ごした。
 
 
まだ今年初めに骨折した大腿骨が痛むそうだ。
 
「骨折したのは施設のテーブルが滑ったせいで、私のせいではない\(*`∧´)/」
 
と、相変わらずの主張をずっと聞かされ続けた。
 
 
『自分の人生の責任は完全に自分にある』
 
という真実を受け入れると、人生は大きく変化し始める。
 
しかし、自分に責任があるという事は、人によっては耐え難い苦痛を伴う。
 
だから、「〜のせい」にした方がずっと楽だ。
 
仕事が楽しくないのは、上司のせい。
 
私の頭が悪いのは、親の教育が間違っていたせい。
 
私の心が歪んだのは、子供の頃にいじめにあったせい。
 
等々・・・。
 
 
しかしながら、足が痛いと苦しんでいる実の母に向かって・・・
 
「それは、自分の責任ですよ」
 
などとは、とても言えない(^-^;
 
 
だから、・・・
 
ひたすら、母の訴えに耳を傾ける事に徹した。
 
結局、何の解決にもならなかったけれど・・・
 
それが、一番の解決策なのかも知れない。

リトリート終了

2016年7月19日(火) by キヨタカ

 リトリートが無事終了した。
 
親の世話等の個人的事情で、1泊2日のリトリートが続いていたが・・・
 
今年のゴールデンウィークは思い切って、長いリトリート(5デーズ)を開催。
 
結果が非常に良かったので、今回から2泊3日の日程に戻した。
 
おかげで、ごく自然な流れでビーイングやハートの領域へ踏み込むことが出来たように思う。
 
 
リトリートに参加すると、通常の私とは「別に存在している何か」が自ずと明らかになる。
 
真実の自己とか真我、仏性、神性等々、それにレッテルを貼ると陳腐な表現になってしまうが、「何か別のもの」が確かにある。
 
それが目覚め始めると、今まで現実だと信じ込んでいた物事が、単に自分が作り出していたストーリー(物語)であることが分かる。
 
だからこそ、リトリート終了直後の参加者の姿は美しい。
 
この現実世界を超えた、神性な次元からの光によって自己本来の輝きを取り戻すからだ。
 
 
残念ながら、1泊2日のリトリートだと、成果はそこまでの方が多い。
 
現実社会に戻ると、遅かれ早かれ元のストーリーに埋没してしまい、リトリートで得た一瞥が夢であったとすら思ってしまいがち。
 
しかし、今年はリトリートを延長した事による違いを実感している。
 
前回(ゴールデンウィーク・リトリート)の成果を踏まえ、次の段階へとステップアップした感があるのだ。
 
 
人は誰もが、驚くべき潜在的可能性を秘めている。
 
その可能性の扉を開いて、この現実社会を創造的に楽しく豊かに自由に生きる事を、リーラスペースで分かち合いたいと願っている。
 
嬉しい事に、それが少しずつ現実化し始めた事を、今回のリトリートで実感した。
 
この勢いに乗って、10月にもう一度2泊3日のリトリートを行う事にした。
 
次回は、最初から創造性の領域へと大胆に踏み込んでいくつもりだ。
従来とは、別次元のリトリートとなる予定。
 
今回参加された方はもちろん、そうでない方も、ぜひ参加して下さい。
 
現実社会に戻った時、新たな現実が展開し始める事で、その効果を実感する事でしょう!

明日からリトリート

2016年7月16日(金) by キヨタカ

・・・いつも休んでばかりいますが(^-^;

明日からリトリートのため、しばらく日誌はお休みさせて頂きます。
 
 
またしてもフランスで大規模なテロ(;ω;)
 
世界情勢はますます混乱し、先行きが不透明に見えるけど・・・
 
これもまた、新しい世界が生まれるための陣痛のようなものではあるまいか?
 
 
怒り、憎しみ、恨みに満ちた世界から、愛と平和と喜びに溢れる世界へ!
 
個々人の意識が覚醒することで、それが可能となる。
 
瞑想が、不可能を可能にする!

光り輝け!

2016年7月13日(水) by キヨタカ

瞑想は、2つの相反するエネルギーの融合だ。
 
『気づき』(プレゼンス)は、男性エネルギーで陽極(プラス)。
 
『くつろぎ』(ビーイング)は、女性エネルギーで陰極(マイナス)。
 
この両者が融合すると、光明が起こる。
 
 
これって、豆電球が光るのと似ている。Soket3
 
乾電池の陽極はプレゼンス、陰極はビーイング、光る部分がハートという訳だ。
 
プレゼンスとビーイングが一つになる時、ハートの内奥で眠っていた魂が目覚め、光り輝く!
 
 
人は誰もが立派なバッテリーと素晴らしい電球を持って、この世に生まれてきた。
 
にもかかわらず、暗闇を彷徨している。
 
残念ながら、配線接続が正しく機能していないせいだ。
 
 
解決策は、とてもシンプル。
 
正しく回路を繋ぎ直せば、自動的に光り輝くようになる。
 
真の瞑想とは、正しく回路を繋ぐことに他ならない。
 
今度のリトリートで、多くの参加者にそれが起こるだろう。
 
魂よ、光り輝け!

LEELA〜Aさんの近況報告〜

2016年7月10日(日) by キヨタカ

 縁とは、不思議なものだ。
 
特に瞑想に関しては、縁としか言いようのない不思議な繋がりをしばしば感じる。
 
お釈迦様は、
 
「縁(えん)なき衆生(しゅじょう)は度(ど)し難(がた)し」
(仏の教えに接する機会(=仏縁)のない者は、さとりを開かせることができず、救いようがない)
 
と達観されていたそうだ。
 
 
画家を志すAさんは、ネットサーフィンをしていてリーラスペースの存在を知ったと言う。
 
たった今、「LEELA―遊戯―」と言う絵を描いていて、改めて言葉の意味を知ろうと検索したらホームページを見つけたところです。Photo
 
というメールを頂いた。
 
そしてすぐに、5月末のナイトイベントに参加された。
 
思い立ったら吉日というが、Aさんの行動力は素晴らしい。
 
 
LEELA繋がりでご縁が出来た方なので、その後どうされているか気になっていたら・・・
 
嬉しい事に、久しぶりでAさんから近況報告があった。
 
瞑想が、作品を描く事にとても役立っておられるそうだ。
 
瞑想を通して自己存在の源泉に到達すると、創造性が開花する。
 
今後とも、素晴らしい作品を描き続けて欲しい。

 
* * Aさんの近況報告 * *
 
お久しぶりです。5月末のナイトイベントに参加させて頂いたAです。
 
7月のナイトイベントにも参加したかったのですが、やはり自分のグループ展と重なっていて都合がつきませんでした。
 
およそ二ヶ月ぶりになりますが是非また参加したいと思います。
 
 
5月のナイトイベントの帰りに「恩寵の扉が開くまで」第一巻を購入しましたが、フーマンの語る内容が不思議と自分に言われている感覚になり繰り返し読んでいます。
 
絵を描いて、体も鍛えての生活です。
 
oshoの本も衝撃的でしたが、フーマンの語り口もダイレクトに入ってきてから「肉体的にも精神的にも経済的にも芸術的にもスピリチュアルな面でも成功していいんだ」と肯定しています。
 
 
エンパワーメントにも惹かれて来ました。
 
ナイトイベントに参加してフーマンから清貴さんに伝えられたことを感じたいと思います。
 
 
また6月のナイトイベントに参加した頃に描いていた「LEELA」という絵ですがなかなかの評判です。
 
ナイトイベント参加後からすぐに描きだした「この世の果て」という作品はそれ以上に評判が良く、どうもノーマルで無いらしいです。
 
曰く「他の誰もこんな絵描かない」と
 
「この世の果て」を描いている時は本当に意識が飛んで半ば自動的に色を選択し物凄いスピードで腕が動いていました。(それを静かに認識はしていましたが)Img20160710_094731_2
 
ちょっとしたノーマインド体験なんですかね?
 
あれは不思議でした。
 
自分で描いた絵とは言えない気持ちです。
 
この肉体を使って描いたのはこのメールを打っている自分ではないので。
 
おそらくナイトイベントでの瞑想の影響が強くあるんだろうと思います。
 
 
「この世の果て」のおかげで次の企画に話が及び、11月末にノーマルではない絵を描く二人展をやるかも知れません。
 
それに向けても瞑想会に参加して行きたいですね。
 
7月のリトリートは都合がつきませんが、リトリートにもいつか参加したいと思います。
 
まずは8月のナイトイベントです。
 
よろしくお願いします。

選択の自由

2016年7月9日(土) by キヨタカ

東京から大阪へ行くには、東海道新幹線に乗る必要がある。
 
間違って東北新幹線に乗ってしまうと、青森方面へ行ってしまう。
 
 
間違ったラインに乗っている限り、どんなに頑張っても、大坂に到着することは不可能。
 
正しいラインを選択すれば、頑張らなくても、自動的に望む結果に到達する。
 
 
今、人生が不幸な人は、同じラインにいる限り、未来も不幸なままだろう。
 
今、幸せラインを選択すれば、未来は希望に満ちたものになる。
 
 
苦悩に満ちた人生を歩むも良し。
 
幸せに満ちた人生を歩むも良し。
 
私達には、選択の自由がある。
 
しかも、たった今、選択することが出来る。
 
選択の自由があるスペース、それが瞑想だ。

前夜祭

2016年7月8日(金) by キヨタカ

いよいよ、来週2泊3日のリトリートが始まる。
 
いつも不思議に思うが、リトリートの一週間くらい前からエネルギーが自然とシフト。
 
高次元のエネルギーが降りてきて、幸せなモードとなる。
 
 
そんな風に書くと、「いつもは幸せじゃないの?」と突っ込まれそうなのでもう少し正確に表現すると・・・
 
日常生活の中での、幸せモードとは味わいが違う。
 
神聖な次元から降り注ぐ恩寵に、ハートが満たされ始めるのだ。
 
 
もっと具体的に書くと、『幸せの具体的理由がない幸せ』という事だ。
 
日常生活の中での幸せの感覚は・・・
 
仕事が上手くいったり、誰かに褒められたり、美味しいものを食べたり、面白い映画を見たり等々、必ず外側に原因がある。
 
体年齢が41歳だったり、ジャイブが上手くいったり等々、幸せの具体的理由は枚挙にいとまがない。
 
 
しかし、今味わっているこの感覚には、理由がない。
 
よく「恩寵が燦々と降り注ぐ」と表現するけれど、OSHOやフーマンが、私に恩寵を降り注いでいるという訳でもない。
 
特定の場所や人物とも、関係がない。
 
ひたすら、私が「ただ存在しているという事実」そのものから、湧き起こってくる何かだ。
 
 
特に今回は、リトリートの2日後が7月の満月。
 
この内側から沸き起こる何かは、いつにも増して強烈だ。
 
インドでは、グル・プルニマデーと言われ、グル(精神的師匠)に感謝を捧げる盛大なお祭りが各地で催される。
 
今度の満月の夜、過去・現在・未来のブッダが集い、無明から光明への解放をお祝いする日と言われている。
 
今度のリトリートは、グルプルニマデーの前夜祭となりそうだ。
 
集え、未来のブッダ達よ!

Nさんの近況報告

2016年7月6日(水) by キヨタカ

ゴールデンウィークリトリートに参加されたNさんから、近況報告があった。

他にも、あのリトリートに参加された方々からは・・・

確実に瞑想が深まりました。

とか、

ビーイングの深いところに寛ぐ体験後、天と地をつなぐエネルギーの筒の底が取れた感じがします。

とか、

前回のリトリートから、微妙ですが確実な変化を感じていて、進む方向性も定まってきました。

等々の嬉しいお知らせが、届いています。

7月のリトリートは、何が起こるのか、今から楽しみ!

 

* * Nさんの近況報告 * *

一方的で恐縮ですが、近況をすこし書かせていただきます。

GWのリトリートのあと、6月は栃木のO山の瞑想の家にお世話になり、2週間ほど瞑想と作務の日々を送っておりました。

座ることが自然と日常に溶け込んできて、GWのリトリートでキヨタカさんがお話していたことが気づきとなって現れてきました。


・潜在意識に光が当たる

 思い(マインド)が現れてくるとき、無意識にその思いにさらにマインドがラベルを貼り付けている(ジャッジしている)ことで、嫌な(良い)感情を引き起こす流れが観えてきました。

 ただ観つめ、抵抗せずにその一連の流れを味わうと感情は消えていきました。

 嫌な感情と良い感情はシーソーのように一対で、その軸となるニュートラルな位置で観つめていると感情の渦に巻き込まれずに穏やかな幸せがある。

 ニュートラルな位置は無感情でなく、幸せな感覚があることがわかったのは驚きでした。

 在るという喜びはこのことかもしれないと思っています。


・剣を取り戻す

 これまでは感情に流されることが多く、精妙でクリアな感覚の時と粗野で鈍い感覚が交互におとずれてジェットコースターに乗っているようでした。

 どっちが自分なのか?わからなくなることが多かったのですが、気づきがあるとジェットコースターを観ることができます。

 どちらの自分も許してあげると、徐々に本来の「I AM」に調律があってきているように思います。

 「マインドから剣を取り戻す」とおっしゃられていたことがわかってきました。

 もちろんまだまだジェットコースターに巻き込まれることは多いですが、「I AM」の磁力が強まってきていることを感じています。


・創造していく

 マインドはメッセージでもあり、まだやり残していることを教えてくれているのかもしれないと思うようになりました。

 観つめて、そのやり残しを叶えていくことが生きていくことなのかと気づきました。

 僕はどうやら、現実世界で力強く生きていくことが課題だとわかりはじめてきました。

 そして、生きていく上でハートに従えば後悔なく前にすすめることもわかりました。

 ハートは見返りを求めないから反作用がないのですね。


多くの気づきをありがとうございました。

またお会いできることを楽しみにしております。


感謝。






出来なくなっても・・・

2016年7月4日(月) by キヨタカ

現在、実家に滞在中。
 
大腿骨骨折からは見事立ち直った母だったが・・・
 
最近は体力がかなり落ち始めたようで、昨日は元気があまりなかった。
 
「体がだるい」
 
と言い、昼間からベッドで横になっていた。
 
 
会う度に確実に老いて行く母の姿を見るにつけ、
 
『人は皆、いずれ老い死んで行く』
 
という、厳然たる事実を正面から見据える修行をさせられている様に感じる。
 
 
先日、スラックラインという綱渡りスポーツを久しぶりにやったら、ウィンドサーフィンにはまっているせいか、結構できる様になっていた。
 
「出来なかった事が出来る様になるって、幾つになっても嬉しいネヽ(´▽`)/」
 
とヨガビに自慢したら・・・
 
「何も出来なくなっても、喜べたらもっといいね」
 
と、しみじみ言う。
 
 
う〜ん、 確かにその通り。
 
今まで当たり前に出来た事が出来なくなる日が、やがて訪れる。
 
それでも喜んでいれたら、死ぬ事すら歓迎すべき出来事になるのだろう。

ナイトイベントの感想

2016年7月3日(日) by キヨタカ

 一昨日、新宿ナイトイベントが無事終了。
 
毎回参加者が異なるので、雰囲気もかなり違うけど・・・
 
いつも、
 
『やって良かった(*^-^)』
 
と思う。
 
 
この瞑想会には、瞑想の全くの初心者の方から、何十年も真実を探求しつづけておられる方まで非常にバラエティーに富んでいる。
 
しかし、いつも一つにまとまった雰囲気になるから、不思議だ。
 
 
初めて参加されたOさんは・・・
 
瞑想って、現実から離れた世界に入って行くものとばかり思っていましたが、その反対なんですねw(゚o゚)w
 
と驚かれていた。
 
Oさんの感想を聞いて、私も驚いたが・・・
 
確かに、Oさんの感覚の方が普通なのかも知れない。
 
「マインドフルネス」とか、「夢から覚めること」等々は、長年探求していると常識化してしまい、ついついなおざりに扱いがち。
 
初心に戻ることの大切さを、改めて感じた。
 
 
同じく初参加のMさんは、Oさんとは真逆で本格的な瞑想に何十年も取り組んでおられる。
 
 
瞑想会、ありがとうございました。
 
落ち着いた中の良い会ですね。
 
(略)
 
私はかなりの修業タイプですが、おそらくハートは開いているかなと感じています。
 
また、8月参加したいです。
 
との感想メールをいただいた。
 
 
瞑想のベテランの方から、こうした感想を頂くと、とても嬉しいものだ。
 
最近、瞑想を分かち合うことが楽しくて仕方がない。
 
次は8月11日(木・祝)を予定。
 
今年から、山の日として祝日となった。
 
次回もまた、ぜひ参加して下さい!
 
 *PS 7月のリトリートも、申し込み受付中です。

ガ〜ン!

2016年6月30日(木) by キヨタカ

頭が、まだ少し痛む。
 
実は先日の庭仕事で、天井のコンクリートの出っ張りに頭を思いきりぶつけた。
 
幸い私の頭は硬くて丈夫(?)だったので、大事には至らなかったが・・・
 
過去既に何度もこの出っ張りに頭をぶつけている。
 
だから、気をつけるべき場所である事は百も承知。
 
しかも・・・
 
「この出っ張りは、頭をぶつけやすいから気をつけてネ!」
 
と、手伝いに来てくれた友人に注意していた矢先の出来事である。
 
 
ガ〜ン!と、額に衝撃を受けて・・・
 
「気づきを保つ」事の大切さを、痛いほど再確認した。
 
瞑想会では、『気づきの主体としてのプレゼンス』を覚醒の第一ステップとして強調している。
 
しかし、実は伝統的な瞑想技法では、『最終段階の目覚め』に属する。
 
瞑想の初心者は、自分の呼吸や身体の動きを含め、外側のあらゆる状況に油断なく醒めている事が強調される。
 
 
私が学生時代に最初に瞑想を学んだ時は、座禅を通してまさにこの修行をさせられた。
 
しかしそれだけでは瞑想が進化せず・・・
 
OSHOや、アジズ、フーマン等々の覚者方を通して、浄化を伴う瞑想技法を学びプレゼンスやビーイングの重要性を知り、さらには恩寵に明け渡す次元へと進化して行った。
 
 
しかしこうした事は、瞑想のX、Y、Zだ。
 
その前提条件として、「気づきを保つ」ことが何よりも大切だ。
 
あるいは最近ポピュラーな「マインドフルネス」という言葉を使っても良い 。
 
「瞑想のA、B、Cに今一度立ち戻れ!」
 
というメッセージを、ン!と受け取った。
 
 
今日の新宿瞑想会は、瞑想のA、B、Cを充分に踏まえたものにしたいと思う。

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