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Brahmamuhurtha(聖なる刻)

2016年8月2日(火) by キヨタカ

もう10年以上前の事だが、明け方の3時頃に突然目が覚めてハートの至福感が広がる感覚が続いた事がある。
 
「歳のせいで、朝早く目覚めるようになってしまったのだろう(ρ_;)」
 
と、そのままに放っておいたのだが・・・
 
ごく最近になって、それがとても貴重な時間帯である事に今更ながら思い至った。
 
実は、特にヨガの伝統では、Brahmamuhurtha(聖なる刻、創造主の刻)と呼ばれて、非常に尊ばれている。
 (日の出の1時間半前からの刻)
 
 
今から思い返すと・・・すでにそうした知識はあった筈。
 
OSHOも、講話でよくこの時間帯の事を語っていた。
 
そういえば三島の龍澤寺なんかで禅の接心(集中座禅修行)をしていた時も、早朝の3時半起床だった。
 
しかし元々早起きが得意ではなかったので、その事に正面から向き合わずじまいだった。
 
だから知っていた筈なのに、すっかり忘却の彼方へ( ̄Д ̄;;
 
 
ところが、最近久しぶりにOShOの講話を読んでいたところ、とても素敵な文章に出会った。
 
OSHO曰く:いつか朝早くまだ動植物が目覚める前に、木の下でただ何もしないで坐ってごらん・・・(詳細は下記参照)
 
この講話を読んだ途端、なんだか無性に実践したくなった。
 
 
そこで早速、時々セルフ・リトリートをしている山小屋に3泊4日の日程で出かけた。
 
初日は自然に目が覚めるに任せたので、午前4時に起床。
 
しかし4時20分には蝉や小鳥が鳴き出してしまい、完全な沈黙の刻ではなくなってしまった。
 
そこで、翌日からは時計を午前3時にセット。
 
・・・
 
至福の刻を過ごした(* ̄ー ̄*)
 
 
昨日修善寺に戻り、今朝も実践したが、その絶大な効果に唖然としている。
 
最近はほぼいつでも幸せでいれるようになったつもりだったが・・・
 
この感覚はそれを遥かに上廻っている。
 
エネルギーが数オクターブ上昇した感じだ。
 
 
いつも、それなりに幸せな私ではあるが・・・
 
先日までは、 私なりの問題というかそれなりのテーマを抱えていたはずなのだが・・・
 
聖なる刻に目覚めてから、全ての問題が消滅してしまった。
 
問題が解決したのではない。
 
状況はそっくりそのまま残っている。
 
しかしその状況に対する問題が、シンプルに消滅したのだ。
 
定年退職した人はもちろんの事、人生の下り坂に差し掛かった人々には絶対にお勧めしたい瞑想である。
 

Sit under a tree some day – just in the morning when the sun has not arisen, because with the sun arising your body is disturbed, and it is difficult to be at peace within. That is why the East has always been meditating before the sunrise. they have called it brahmamuhurt – The moments of the divine. And they are right, because with the sun, energies rise and they start flowing in the old pattern that you have created.
 
Just in the morning, the sun has not yet come on the horizon, everything is silent and the nature is fast asleep – the trees are asleep, the birds are asleep, the whole world is asleep; your body also inside is asleep – you have come to sit under a tree. Everything is silent. Just try to be here in this moment. Don’t do anything; don’t even meditate. Don’t make any effort. Just close your eyes, remain silent, in this silence of nature. Suddenly you will have the same glimpse which has been coming to you through sex or even greater, deeper. Suddenly you will feel a rush of energy flowing from within. And now you cannot be deceived because there is no other; it is certainly coming from you. It is certainly flowing from within. Nobody else is giving it to you; you are giving it to yourself.
 
But the situation is needed – a silence, energy not in excitement. You are not doing anything, just being there under a tree, and you will have the glimpse. And this will not really be the pleasure, it will be the happiness, because now you are looking at the right source, the right direction. Once you know it, then through sex you will immediately recognize that the other was just a mirror; you were just reflected in him or in her. And you were the mirror for the other. You were helping each other to fall into the present, to move away from the thinking mind to a non-thinking state of being.
Yoga: The Alpha and the Omega, Vol 1 129 Osho
CHAPTER9. PRACTICEANDDESIRELESSNESS

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「何もするな。瞑想すらするな。努力するな。ただ目を閉じろ。沈黙のなかにとどまれ。」……技法に走りがちな僕には貴重なことばです。

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