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サンクコストの誤り

2016年8月3日(水) by キヨタカ

 リーラスペースは山の中にある。
 
だから、ある映画のDVDを見たいと思ったら、車でツタヤまで往復30分以上、しかも新作は500円もする。
 
ようやく借りて来て見始めたら、最初の10分で期待外れである事が判明(ρ_;)
 
つまらなければ、よせばいいのに、
 
今までの投資(埋没費用/サンクコスト)が無駄になるからと、頑張って見続けた結果・・・
 
『ムダになった俺の人生を2時間分返せ\(*`∧´)/』
 
と叫びたくなるような事がたまにある。
 
 
「これだけ払ったんだから、これを続けないとモッタイナイ」、そう思ってしまう心理状態を、

Cc

サンクコストの誤りと言うそうだ。
 
ちなみに、もっと大掛かりなものは、コンコルド効果という。
 
超音速機コンコルドの開発費が膨大(4千億円)だったので、なんとか回収しようとして赤字経営を止められなくなった。
 
結果 、倒産した時の負債総額は数兆円になったとかヾ(*゚A`)ノ
 
 
サンクコストの誤りの話を初めて聞いた時は、
 
「日常生活の中でよくあるよな〜」
 
程度に思っていたのだが・・・
 
 つらつらと、私の探求人生を振り返って見ると、「サンクコストの誤り」だらけの「コンコルド人生」である事に思い至り、愕然としている。
 
 
例えば、私の探求の記録である「覚者を求めて」に登場するOSHOや、アジズ、フーマン、ジョン等々のマスター方との関わり。
 
本では覚者との出会いが、自然に流れるように起こったかのような印象を与えがちだが・・・
 
実際には、それぞれのマスターから離れるのに七転八倒の苦しみがあった。
 
例えば、私の20代後半から30代の人生を全て注いだOSHO。
 
魂の奥深くでは、「次のステップへ!」という囁きがずっと聞こえていた。
 
しかしあれだけ投資したのに、まだ回収していない(悟っていない)からと、ず〜っとOSHOにこだわり続けて、魂の声に耳を傾けなかった。
 
その結果、かなり遠回りな探求人生となってしまったようだ。
 
 
探求者にとって、「サンクコストの誤り」を見抜く事は極めて重要だ。
 
特に、長い年月を真摯に瞑想しているにも関わらず人生に違いが現われずに苦しんでおられる方々は、ぜひともこの問題に正面から向き合う必要がありそうだ。
 
 
瞑想とは、「自我」を手放して、全宇宙に遍在する「大いなる自己」へと飛翔する旅だ。
 
しかし、自我に多大な投資をしていると、せっかく空を飛んでもコンコルドの轍を踏む事になる。
 
「悟りさえすれば、俺の人生は全て上手くいく」
 
そう思い込んで瞑想に打ち込めば打ち込む程、アルハット系の探求者はサンクコストの罠に陥る。
 
「サンクコストの誤り」の究極とは、探求者そのものの自我である事を見抜く必要がある。

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こだわりの自我の中で心身疲弊し、ストレスで血の流れも悪くなるより、明け渡し切って、おいしい朝のお粥をたべる。そうありたい。

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