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槿花(ムクゲ)

2016年8月6日(土) by キヨタカ

 庭の槿花(ムクゲ)が、今日も咲いている。Img_2843
 
7月の初旬から、夏の間ずっと咲いている。
 
 
植物に疎い私は、
 
「やけに長く咲いているな〜」
 
くらいにしか、思わなかったが・・・
 
ほぼ毎日、新しい花が咲いては散るのを繰り返している事を最近になって知り感動。
 
 
槿花一日の栄(きんかいちじつのえい)とは、
 
はかない栄華のこと。
 
槿花(ムクゲ)の花が朝に開いて夕方にはしぼむことから、そう名付けられたとか。
 
 
白居易の詩が基になっているそうだが、本来の詩の意味は・・・
 
むくげの花は一日にして自ずからその生を全うする。
 (槿花一日、自ら栄を為す)
 
という意味で、生命の長短には何の意味もないことを詠っているそうだ。
 
 
 
最近、朝早く起きるのが楽しい。
 
真っ暗な夜、一人静かに坐り、何もしない。
 
物音ひとつせず、世界はまだ始まっていない。
 
 
突然、ひぐらしが一斉に鳴き始める。
 
時計を見ると、午前4時22分。
 
目覚まし時計のように、必ず日の出の38分間に鳴くから不思議だ。
 
 
ひぐらしの声を合図に、やがて他のセミも鳴き始める。
 
その声につられて、小鳥達もさえずり出す。
 
遠くに車の走る音も聞こえて来て、世界は活動を開始する。
 
 
天文学によれば、天地開闢は138億年前。
 
しかし今日、つい先ほど新たに天地が開闢した。
 
明日また天地が開闢するかどうかは、私の守備範囲を超えている。
 
 
今日開闢した世界を精一杯生きること。
 
それが、唯一の責任だ。
 
 
 

(参考:白居易の放言詩)
 
泰山(たいざん)は毫末(ごうまつ)も欺くを要せず、
 
顔子(がんし)は老彭(ろうほう)を羨(うらや)む心無し。
 
松樹(しょうじゅ)千年、終に是れ朽ち、
 
槿花(きんか)一日(いちじつ)、自ら栄を為す。
 
何ぞ須(もち)ひん世を恋(した)ひ常に死を憂ふるを、
 
亦た身を嫌(いと)ひ漫(みだ)りに生を厭ふこと莫れ。
 
生去死来(せいきょしらい)、都(すべ)て是れ幻(げん)、
 
幻人哀楽(げんじんあいらく)、何情(かじょう)に繁(かか)る。
 
 

(訳)

あの雄大な泰山は少しも拘泥するところなく、
 
夭折した顔回は彭祖の長寿を羨む心無し。
 
松の木も千年すれば終には朽ち、
 
むくげの花は一日にして自ずからその生を全うする。
 
いたずらに世を恋こいしみ死を憂う必要はなく、
 
いたずらに身を嫌い生を厭う必要もない。
 
生死の去来はすべて幻、されば幻なる人が哀楽するは果たして何の情なのか。
 
 

(意味)

大地も草木も大自然のままにある。
 
人にもまた大自然なる人がいる。
 
然るに、多くの人は生死を憂え名誉富貴に拘泥する。
 
人生は夢幻の如きなるに、人々が哀楽ばかりしているのはどういうわけなのだろうか。

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