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現実vs虚構

2016年8月5日(金) by キヨタカ

ゴジラと言えば、私が生まれた年に誕生した怪獣映画の元祖だが・・・Singozilla_sashikae2_2
 
新たなゴジラ映画が評判らしい。
 
「何を今更┐(´д`)┌ヤレヤレ 」と思いつつも、気になるので公式サイトをクリックしたら・・・
 
現実(ニッポン) 対 虚構(ゴジラ)
 
というキャッチコピーに目を奪われたw(゚o゚)w
 
 
実はず〜っと以前の事だが、カリフォルニアの脱催眠研究所に一年ほど滞在していた事がある。
 
そこで、まさにこの 現実 vs 虚構 というエクササイズを毎日していた。
 
まだ映画は見ていないので、このキャッチコピーの意味は紹介できない。
 
そのかわり 、この研究所で行われていたエクササイズを簡単に紹介しよう。
 
 
私達がこの世に生を受けた時、その意識状態は真っ白だ。
 
ブッダ意識そのものと言って過言ではない。
 
ところが、成長するにつれて・・・
 
「これは良い、あれは悪い」
 
等々の親の価値観が植えつけられ、自我が形成され始める。
 
 
人間は社会的動物だから、自我の形成は必要な事だ。
 
心理学者によると、自我の原型はほぼ4歳児の時に完了してしまうそうだ。
 
するとその後は、あるがままの現実をあるがままに見る事が出来なくなる。
 
さらに自我が必要以上に肥大化して、現実をすっかり凌駕してしまう。
 
そして、自我と云うメガネを通して創られた 虚構を、現実と錯覚し始めるのだ。
 
これが、我々の苦悩のからくりだ。
 
 
この研究所では、現実と虚構を識別するパートナー・エクササイズを徹底的に行った。
 
パートナーと、好きな事を何でも話して良い。
 
ただし約束事がある。
 
現実を話す時は、親指を上に向けながら話す。Reality_3
 
例えば・・・「今私はパソコン画面を見ている」 とか「「今日は、晴天だ」とか・・・
 
それは小学生でもわかる当たり前の現実でありリアリティ(Reality)だ。
 
 
 
逆に、虚構を話す時は、親指を下に向ける。
 
この場合の虚構とは、今ここで起こっていない事の全てを指す。
Photo_3
 
虚構とは フィクションであり、ムービー(映画)の事だ。
 
例えば・・・「明日、シン・ゴジラを見るかも知れない」とか「明日、晴れるといいな」とか・・・
 
これを全て、虚構とみなす。
 
 
このエクササイズは、最初はとても簡単に見える。
 
しかしとても奥が深く、虚構を虚構と見抜くには透徹した知性と誠実なハートが必要だ。
 
そして徹底的に現実に徹すると、実は現実に存在するはずのニッポンですら共同幻想であり、国家という存在のリアリティすら希薄になる。
 
自我が虚構である事は、言うまでもない。
 
すると、本当に存在する現実(リアリティ)とは、「今・ここ」のみとなる。
 
 
 
それこそが、禅の十牛図に言う第九「返本還源」の境地だ。500pxtrau09
 
そうなれば、いつでも現実を現実、つまり「柳は緑 花は紅」としてあるがままの人生を楽しめるようになるだろう。

 
しかし実際には虚構 を剥がすのは、容易ではない。
 
あまりにも接着剤(執着、恐怖、恐れ、不安など)が強力なので、それを剥がす痛みも強烈で、その痛みすら虚構とは到底思えない。
 
 
しかし全ての虚構が剥がれた時、あるがままの現実がいつも無償で優しくサポートしてくれていた事に気づかされるのである。

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