« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »

2016年12月

帰省

2016年12月29日(木) by キヨタカ

 昨日、実家(栃木県小山市)へ帰省。
 
来年の5日まで、実家で過ごす予定。
 
普段より数日多く滞在するだけだが、年をまたぐので一ヶ月くらい滞在する気分になるから不思議。
Img_3083
 
 
同じ事実でも、その受け止め方一つで気分も変わる。
 
今日は、実家の大掃除等で、1日を終えた。
 
今年も・・・
 
「あと2日しかない(@Д@;」
 
と焦るか、
 
「あと2日ある(*^-^)」
 
と余裕をかますかで、
 
気分も大きく変化する。
 
こうした日常生活の在り方の些細な違いが、人生に大きな違いをもたらすのだろう。
 
 
昨日は晴天に恵まれて、5時間近いドライブを楽しめた。
 
途中休憩した足柄PAから、富士山の眺めがとても素晴らしかった。
 
 
今年の年末年始は、快晴が続くらしい。
 
晴天の冬は、遠く離れた実家からでも富士山が見える。
 
明日も、実家から富士山を拝めそうで嬉しい♬

読書体験

2016年12月27日(火) by キヨタカ

 先日、リーラスペースをヘルプしてくれているAさんとスカイプした時のこと。
 
「最近この本にハマっている 」
 
と言いいながなら、ニッコリと掲げてくれた本を見て驚いた。
 
何と、「恩寵の扉が開くまで Part1」 だった。
 
 
「どこが気に入ったの?」
 
と聞いたら・・・
 
「例えば、
 
キヨタカが真実を得るのではなく・・・キヨタカは消え去るという言葉が、
 
あたかもフーマンが直接自分に語りかけるように感じるから」
 
とのこと。
 
 
もう何年もリーラスペースと関わってくれていてる人なので、
 
「何を今更┐(´д`)┌ヤレヤレ」
 
と最初は思ったけど・・・
 
良く振り返ってみると、自分もまさに同じような読書体験を何度もしているのを思い出した。
 
 
例えば、最近の私のお気に入りは、ガンガジの『ポケットの中のダイヤモンド』51xuxfbgol_sx340_bo1204203200_
 
もう10年も前に購入して、一通り読んで本棚にしまい込んでいた。
 
数日前に、何気なく彼女の本をパラパラとめくったら・・・
 
ガンガジが彼女の師 パパジに言われた言葉
 
「何もしないでいなさい・・・この瞬間にじっとしていなさい」
 
と言う文字が飛び込んできた。
 
すると、そのままスーッとこの本の世界に入り込んでしまった。
 
 
 
「私が追い求めていた充足感はと平和はここにあること、
それはこれまでもずっとここにあったということ、そしてそれがなくなる可能性はない、ということが明らかになったのです」
 
「このことに気づいたとき、私という存在の物語から、物語の奥底にいつもあった存在の終わりのない深みへと、驚くべきフォーカスの転換が起こりました」
 
等々・・・
 
彼女が師とのやりとりを通して目覚めが起こった様子が、とても誠実な言葉で書かれている。
 
この本を読みながら、あたかも私がガンガジになって師とのやりとりを追体験しているような、実に不思議な体験をした。
 
 
正直に言うと、私はガンガジが苦手な方だった。
 
とても素敵な人とは思うのだが、彼女の言い方にどうしも学校の先生のような説教臭さを感じてしまいビデオなんかも最後まで見ていられない。
 
そんな私でありながら、こうした貴重な読書体験をするのだから、面白い。
 
 
おそらくAさんは、私と同じような追体験をしたに違いない。
 
読書とは、人と人との出会いと同じで、それぞれのタイミングがある。
 
ずっと前から知っていた人が、ある日を境にとても大切な人になったり、いつの間にか縁遠くなってしまったり・・・
 
出会いのタイミングを大切にしたいものだ。

自分の大きさを知りたい

2016年12月25日(日) by キヨタカ

 今朝は、久しぶりに朝寝坊してしまった(ρ_;)

と言うのも、クリスマス・イヴで飲み明かしたから・・・ではない。

夜遅く、iPadでお気に入り番組のコズミックフロントにハマッてしまったから。

 

今回のテーマは伊能忠敬。

伊能忠敬は、江戸時代に世界トップレベルの詳細な日本地図を創った人として有名だが・・・

実は、コズミックフロントに登場するにふさわしい超天文マニヤ。

「地球の大きさを正確に知りたい!」という夢に取り憑かれ、50歳で隠居。

余生を趣味の天文学の勉強に捧げようと江戸へ出て、20歳も若い幕府天文方の高橋至時(よしとき)に弟子入り。

地球の大きさを正確に測るために、

「蝦夷地(北海道)で恒星の南中仰角を測ることが必要」と考え、

蝦夷地へ行く許可を得るために『地図作成』を名目として考えたと言うから驚き。49462a8c

 

つまり、彼の『詳細な日本地図作成』という偉業は、地球の大きさを測るついでだったと言うことになる。

そして、最終的には地球の大きさを1/1.000の誤差という驚異的な正確さで確定!!

(ちなみに忠敬の測定結果は、39.960km。実際は40,000kmというが、何だか忠敬の測定結果の方が正確に感じるのが可笑しい)

 

緯度は恒星の南中仰角に頼れるが、経度を測るのはさらに至難の技だったそう。

そこで、場所による月食の進み具合の差を測ったり・・・

さらには、なんと木星の衛星食の観測まで試みたそうだ。

そこで参考にしたのが、ガリレオが観測した衛星食の周期表だったというから、時空を超えたスケールの大きに感動した。

 

伊能忠敬と言えば、勤勉で真面目で努力家で、ストイックで・・・ 小中学校の道徳の時間に真っ先に紹介されそうな人物。

とても立派な人には違いないけど、どこか近寄りがたい人物に感じていた。

しかし実際は、なんともロマン溢れる夢を追い求めていた側面がある事を知り、とても嬉しかった。

 

そもそも、地球の大きさを正確に知ったからといって、日常生活に直接役立つ事はない。

しかし、そうした日常のサバイバルとは直接関係ない事に情熱を注げられるのが、人間の人間たる素晴らしさだ。

「地球の大きさを正確に知りたい!」

それが、伊能忠の夢だった。

とすれば、私の夢は・・・

「自分の大きさを正確に知りたい!」

という事なのかもしれない。

 

自我を手放し、自我の限界を手放す。

そして、 大いなる存在に身を委ねた時・・・

本当の自分の大きさは・・・時空を超えて、無限に広がる。

それを知ったからと言って、日常生活に直接役立つと言う事はない。

しかし、それこそが全ての夢とロマンの行き着く先なのだろう(*^▽^*)o

イエスという事

2016年12月24日(土) by キヨタカ

 今朝は、特別に早朝7時からスカイプセッション。
 
スカイプセッションの常連さんなので、ハートの瞑想を行う。
 
 
ハートはとてもシンプル。
 
ハートの言語は、たった一つ。
 
イエス/Yesという事。
 
それが何であれ、起こった出来事にイエス と言う。
 
 
起こった出来事が望むものであれば、イエスというのは誰でもできる。
 
今日は、朝から調子が良い。→イエス
 
とても簡単だ(*^-^)
 
 
問題は・・・
 
望まない出来事が起こったとき。
 
例えば、
 
今日は、朝から調子が悪い。→イエス
 
と、言えるかどうかだ。
 
 
それが何であれ、起こった出来事に対して、イエスと言うと、問題が消える。
 
無条件に、起こった出来事を受け入れる。
 
それは、ハートの内奥から湧き起こる無条件の愛。
 
そこに、イエスと言う言葉の源泉がある。
 
 
今日はクリスマス・イブ。
 
キリスト誕生の前夜祭。
 
ハートの内奥に、無条件の愛は初めから存在している。
 
それこそがキリスト意識であり、そこからイエスと言う言葉がやって来る。
 
人は誰もが神の分霊(わけみたま)であり、キリスト意識そのものだった。
 
 
幸か不幸か、人間は頭脳が高度に発達し過ぎて、ハートのシンプルな言語から離れてしまった。
 
ハートの言語を取り戻そう。
 
それが再誕生した日、キリスト意識が復活する。
 
それは高尚なものでも特別なものでもなく、とてもシンプルで誰もがアクセス可能だ。
 
既にそうである意識として、我々はこの世界に生まれた。
 
誰もが持っている生得権であり、誰もが声高にイエスと言える。
 
 
やがて戦いは終わり、愛と平和が訪れる。
 
そして、 無上の喜びが溢れ出す。
 
Merry Xmas(*゚▽゚)ノ

冬至

2016年12月21日(水) by キヨタカ

 今日は、冬至。
 
一年で一番夜が長い日。
 
陰陽思想的には、陰の気がきわまって陽の気にかえる日。
 
明日からは、どんどんと陽が増え始める。
 
一陽来復とも言われ、悪いことが続いた後で幸運に向かう日と言われている。
 
 
人は誰もが、幸運を願い不運を避けようとするけれど・・・
 
この現象世界は、二元性がその本質。
 
左があるから右があり、後ろがあるから前があり・・・
 
不運があるから幸運がある。
 
 
たとえ今、不運のどん底にあえいでいても・・・
 
おそらく今日が、不運の極み。
 
不運があるからこそ幸運があると知れば、不運は幸運への有難い橋渡しとなる。
 
 
私は不運・・・にもかかわらず私が在る。
 
私が無条件に私で在る事に喜びを見い出せば・・・
 
明日からは、どんどんと幸運が舞い込むようになるだろう。

パーティーで・・・

2016年12月20日(火) by キヨタカ

 一昨日、日頃お世話になっているウィンドサーフィンショップ、ドゥメールの忘年会に出席。
 
パーティーは苦手だけど、海の仲間の繫がりは特別なものがあるので、毎年出席している。
 
 
パーティーの最後に行われる、抽選会も魅力的。
 
今年も、プロ仕様のニュー・セールが特等景品として登場。
 
日頃お世話になっているMさんが見事にゲットヽ(´▽`)/
 
景品を手にして子供の様に喜ぶ姿を見て、こちらも幸せな気分になった。
 
 
パーティーには、奥さんや子供さんを連れて参加される方もいる。
 
今回は、某氏の奥さんから瞑想について様々な質問をされた。
 
こうした場ではなるべく瞑想の事は話さない様にしているので、最初は戸惑ったけれど・・・
とても楽しい時間を過ごせた。
 
 
瞑想がNHKなどのメジャーなメディアで取り上げられる様になり、世間一般に浸透しつつある事は承知している。
 
最近は、こうした場で、瞑想について聞かれる事も良く起こるようになった。
 
オウム真理教が世間を騒がせていた20年ほど前は、瞑想というと非常に怪しくて如何わしい洗脳のレベルで扱われていた。
 
あの時代からすると、瞑想に対する世間の好感度は驚くほどアップ(*^-^)
 
今ようやく、瞑想が世界で広く必要とされる時代に突入したのだ。
 
単なる世間話ではなく、個人的にもっと深いレベルで探求を始めたい方は、是非ともリーラスペースの瞑想会に参加して頂きたいと思う。

OSHOの指は月なんだ

2016年12月18日(日) by キヨタカ

amano nishokさんから、コメントがあった。
 
僕にとって、oshoの指は月なんだ。
 
Oshoも『月指す指』を語ってるけれど。僕は『月』を、想像したり創造することはできるけど、『月』を知らないので指をさされても見つけることはできない。
 
 
amanoさんのコメント、共感する。
 
私も、ずっと同じように感じていた。
 
私と同じamanoという名前だから、同じマインドの傾向があるのだろう。
 
 
いくら”覚者”から、
 
『あなたがそれ(月)だ!』
 
と言われても、見つけられない。
 
だって、本当に知らないんだから・・・(;ω;)
 
 
マインドは知りたがる。
 
それがそうであると理解して、自分の知識のカテゴリーの中に正確に分類して当てはめたい。
 
『解ったゾヽ(´▽`)/』
 
それは、マインドにとって喜びだ。
 
 
ところが、『自己の本性』はカテゴリーに当てはめる以前の状態。
 
鏡が世界の全てを映し出せても自分自身は映せないように、『自己の本性』は色も形も匂いもないから、それ自身を知る事は出来ない。
 
 
じゃ、どうする?
 
方法は2つある。
 
一つは、覚者の指を月として、徹底的に信奉し覚者への愛に奉仕する道。
 
世の中には、そうした道を歩み、幸せになった人々が大勢いる。
 
 
残念ながら、私には無理だった。
 
覚者への愛に捧げるようとしても、マインドがあまりにも強すぎた。
 
 
そんな私にも、可能な道がある。
 
それは、知ろうとする事を諦めて、『知らないことに寛ぐ』という道。
 
  これは、私の場合上手くいった。
 
 
知らない状態に寛ぐと・・・やがて、
 
『知らない状態でも大丈夫なんだ』
 
という感覚がやってくる。
 
その感覚は微妙だけど、
 
『 今の自分で大丈夫』 
 
『完璧じゃなくていい』
 
『全て上手く行っている』
 
と言った、感じかな。
 
 
そこには、『私が私で在ることの喜び』がある。
 
私が在ることに、何の条件もない。
 
悩んでいても、欲望があっても、焦っていても、悲しんでいても、知らなくても・・・
 
〜にもかかわらず、無条件に、私が在る。
 
 
ただ在ることの喜び。
 
すると、自分が自分で在ることの喜びで満たされるようになる。
 
それこそが、サンスクリット語のNishokの意味なのだろう。

幸運とは

2016年12月17日(土) by キヨタカ

 先週、ウィンドサーフィンのボードがぶつかり、鼻血を出した。
 
既に起こった出来事は変えられない。
 
しかし 、その受け止め方は自由。
 
 
「イ・テ・テッ、ツイてない。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。」
 
と嘆くか?
 
「鼻が折れなくて、良かったヽ(´▽`)/。丈夫な身体に産んでくれた母親に感謝」
 
と喜ぶか?
 
たったこれだけの違いで、人生の行き先が天国と地獄くらいに違ってくる。
 
 
今まで色々な占い師から一様に・・・
 
『 とても幸運な相です』
 
と言われている。
 
例えば、手相で幸運な相と言うと、  Unknown1
 
『神秘十字』、『M』字型手相、親指関節の仏眼相などが有名。
 
実は、私は3つともある。
 
あのフーマンからは・・・
 
「過去生の富と権力を有していた時のエネルギーが開いて・・・たくさんのお金と力がやがてあなたの所に戻ってくる事に慣れる必要がある」
 
とさえ言われた。
 
 
ところがあれから、相当な時間が経過したけれども・・・
 
たくさんのお金や力とは無縁の生活が続いている。
 
せめて宝クジでも当たればとは思うが、当たるのはボードくらいか(ノ_-。
 
しかし、良く良く自分の人生を振り返ってみると・・・
 
自分な好きな事だけをやり、長年収入より支出の多い生活を続けられ、この歳で大した病気もケガもなく、楽〜なペースで毎日を楽しく過ごしている。
 
お金と力に恵まれている方だって、私のように好きな時に好きな事だけをする生活は難しい。
 
そう思うと、
 
『やっぱり私はとても幸運な星の下に生まれたんだな〜』
 
と、感謝の気持ちが溢れてくる。
 
 
さらに、人は誰もがその本性は仏であり神の分霊(わけみたま)であることを知った今となっては・・・
 
誰に対しても、『あなたは幸運なんですよ』と本当は言いたい。
 
 
『私は不幸』と思い込んでいる人に、反発される事なく『本当は幸運』であるかを伝えるか、今、色々と試行錯誤中。
 
ようするに、起こった事実に対して・・・
 
ああ残念と嘆くか、良かった良かったと喜ぶか、の極めて単純な話なのだが。

限りなくシンプル

2016年12月15日(木) by キヨタカ

 今日は、母の94歳の誕生日。
 
先ほど電話したところ、とて元気そうだった。
 
 
年相応に記憶力は多少低下しているけれども、頭は相変わらずしっかりしている。
 
今年の初めに、大腿骨骨折をしたにも関わらず、今は杖なしでも歩けるようになった。
 
私が健康である事に自信が持てるのも、長生きしている母の存在に負う所が大きい。
 
 
随分と長い人生のようだが、母に言わせるとアッと言うまの94歳だとか。
 
私自身、アッと言うまに還暦を迎えたのだから、例え120歳まで生きたとしても、アッと言うまなのは確かだ。
 
この短い人生を、混乱したままわけが分からずにアッと言うまに死を迎えると言う事は何としても避けたい。
 
 
私たちは混乱した世界で
 
   生きている
 
 選択肢はあり過ぎ
 
 時間は少な過ぎる
 
 何が必要?
 
 誰を愛する?
 
 
マニアックなブラックユーモア溢れるSF映画『ゼロの未来』の冒頭の言葉だ。
 
人生は矛盾に満ちていて、思い通りの人生を歩む事は難しい。
 
 
今日は珍しく、ヨガビと一緒に映画:『ゼロの未来』を見た。
 
某ブログで:
 
生きるとは――、愛するとは――。人生の謎を解く数式「ゼロ」に挑む人々が、生きる意味と真実の愛にせまる近未来ヒューマンドラマの最高傑作。
 
と書かれていたので、とても興味を惹かれたのだが・・・
 
私の思い通りの内容ではなかった(ρ_;)

 

しかし、監督のメッセージは伝わった。

人生に、答えを見出そうとすると複雑な難題となる。

それは、ちょうど数式「ゼロ」を解こうと四苦八苦するようなもの。

しかし謎を謎として謎に身を委ねると、ただ生きていると言う現実そのものに幸せが潜んでいることを知る。
 
本当の幸せは、限りなくシンプルなものである。



満たされた空

2016年12月14日(水) by キヨタカ

 先ほど、満月の瞑想を終了。
 
すごく、満たされている。
 
 
満たされていると、『欲しい』ものがなくなる。
 
本当に必要なものは、たった今・ここで、すべて与えられている。
 
 
足りないと感じると、マインドは忙しくなる。
 
満たされたと感じると、マインドは空になる。
 
 
空とは、空虚ではなく、別次元のエネルギーで満たされた状態の事。
 
全ては、上手く行っている。

満月の瞑想

2016年12月13日(火) by キヨタカ

 明日(14日)は、満月。
 
古来より、満月は瞑想に最適の日と言われている。
 
エネルギーがとても強く、高次元へと飛翔するのを助けてくれる。980x
 
釈迦を始めとして、大勢の覚者が満月の日に悟りを開いたと言われている。
 
 
私の場合、満月が近づくと、とてもエネルギーがハイになる。
 
全身がエネルギーで満たされて、非常に心地よい。
 
明日の夜は、数名の有志と満月の瞑想をする予定。
 
午後7時半から、一時間程。
 
皆さんも、ぜひ一緒に瞑想しましょう。
 
時空を超えた共鳴が起こり、とても素晴らしい体験をするでしょう(*^-^)
 
 
新月は願い事をするに最適と言われているが、満月は違う。
 
それとは真逆で、願ったことが既に成就している事に感謝する。
 
 
満月とは、満たされた状態をパワフルにサポートする。
 
願いが成就していない人は・・・
 
『想定の法則』を使うと良い。
 
あたかも全ての願いが成就したと想定して、充足感を味わう・・・
 
すると、 実は、必要な事は今ここで全てが成就している事を知るだろう。
 
 
やがて、無条件に私が私で在ることに、愛と感謝と喜びを感じるようになる。
 
あるがままの自分で全てO.K
 
欠けているものは、何もない。
 
それが、満月の瞑想(o^-^o)

リアルな夢

2016年12月12日(月) by キヨタカ

 夏の間は、朝の3時半に起床して瞑想するのを楽しんだりしていたけど・・・
 
さすがに最近は寒いので、起床は午前6時くらい。
 
寒い冬の朝、暖かい布団の中でヌクヌクと半覚醒状態でいるのが、非常に心地よい。
 
 
ところが今朝は、午前3時半に目が覚めた。
 
頭が非常に冴え渡り、全く眠くない。
 
そこで起床して、久しぶりに早朝瞑想したのだが・・・、いつのまにかウトウトと。
 
そして、 非常にリアルな夢を見た。
 
 
ず〜っと昔の、ある人間関係で傷ついた出来事が、夢の中で詳細に再現された。
 
とても微妙な様々な感情の起伏も伴い、あたかもつい先ほど起きたかのよう。
 
あの出来事は、既にもう過去生みたいで、今となっては思い出すのも難しい。
 
ところが 、それがドキュメンタリー映画みたいにリアルな内容で、驚いたヾ(*゚A`)ノ
 
おそらく、通常は決して覗く事のない潜在意識の奥底にある記憶の倉庫にアクセスしたのだろう。
 
 
「潜在意識は、人生で起こるありとあらゆる状況を全て正確に記録している」とは、話には聞いていた。
 
いやはや、実際に 本当にそうなんだな〜( ´_ゝ`)フーン
 
 
『潜在意識に溜め込まれた感情は、意識の表面に現れて初めて消え去っていく』という、スピリチュアルの法則がある。
 
すっかり忘却に彼方へ置き去りにした「感情の傷」を夢の中で追体験した事で、なんだか一皮剥けたようで、とてもスッキリ爽やかな気分。
 
早朝の瞑想の影響で、夢を通した潜在意識のクリーニングが引き起こされたことは間違いない。
 
実に、有難い。
 

誕生日!

2016年12月11日(日) by キヨタカ

 今日は、インドの神秘家OSHOの誕生日。
 
肉体を離れてから、随分と年月が経ってしまった。
 
しかし覚者の存在は、時空を超える。
 
OSHOは、 今尚多くの人々に多大な影響を与え続けている。
 
 
かく言う私も、その一人。
 
28歳でOSHOと出逢ってかと言うもの、全く歳を取らなくなった感じがする。
 
鏡に映る肉体は、確実に老けてはいるのだが・・・
 
精神的には、いつもフレッシュで新しい感覚がある。
 
OSHOの強烈な影響を受けて、自分の中にある”永遠性”に触れることができたお陰だ。
 
 
28歳までは、
 
『こんな人生は本当ではないΣ(゚д゚;)』
 
と、人生への漠然とした不安と懐疑に苛まれていた。
 
OSHOと出逢ってから、今までの人生をリセットして未知の世界を飛び込んだ。
 
もしOSHOと出逢わなかったら、ずっと日本社会の枠内で狭く窮屈で安全だがなんの冒険もない退屈な人生に甘んじていただろう。
 
あのままの状態で、この年まで生きてしまったらと思うと、ゾッとする。
 
本当の自分の人生を生きる勇気を与えてくれたOSHOに心から感謝している。
 
 
今では、伝記映画が創られる程、一般社会から評価され始めているが・・・
 
OSHOの存命中は、実に反逆的で危険な人物だった。
 
一休禅師は
 
 釈迦といふいたずらものが世にいでて

  おほくの人をまよはするかな
 
 と意味深な歌を詠んだ。
 
しかし、そのいたずらぶりと、まよわされた人々の数を比べて見れば 、釈迦よりもOSHOの方 に軍配が挙がるだろう。
 
 
OSHOのみならず、覚者とは、すべからく 『月をさす指』に過ぎない。
 
我々はどうしても、月よりもそれをさす指にしがみつきたくなる傾向がある。
 
指にしがみつくと、迷う。
 
月である事に気付くと、迷いは直ちに消え失せて、自分自身として輝きを放つようになる 。
 
願わくば、暗闇の中でひときわ美しく輝く満月でありますように!
 

賢くなったカモ?

2016年12月9日(土) by キヨタカ

久しぶりのウェイブ・コンディションとなり、沼津の海でウィンド。
 
最近上達したので、非常に乗りにくい古いボード(ナッシュ86L)を試しに使ったところ、風上に全く上れずに海岸へ漂着。
 
ボードが大波に揉まれて鼻の真ん中を直撃・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。Img_3069
 
海が真っ赤に染まる程(・・・と思うくらい)、鼻血が出てしまった。
 
 
かなりの衝撃だったので、鼻が折れたのは確実・・・
 
さっそく、 近所の整形外科へ直行。
 
ところが、
 
レントゲンとCTスキャンをしたところ、『骨や脳には異常なし』との診断結果が出た。
 
ラッキー❤️
 
以前、『骨が太いから、滅多な事がない限り骨折しませんよ!』と医者に言われた事がある。
 
頑丈な体に産んでくれた母親に心から感謝。
 
 
「いやはや今日は大変だったよ(;ω;)」
 
と、ヨガビにことの顛末を語ったら・・・
 
「鼻血くらいで大げさなんだから┐(´д`)┌ヤレヤレ」
 
と、軽く一蹴されてしまった。
 
 
今日は、ウェイブの師匠、野口さんの『フォワード・ループ』教室の日。
 
スピードを出してジャンプして、空中で前方に一回転する、とても恐ろしい技。
 
 
「そんなの、絶対無理だから一生私には関係ない」と、思っていた。
 
しかし、最近では、「もしかしたら出来るカモ」と思うようになった。
 
と言うのも、 最近『カモの法則』というものにハマっているから。
 
 
人は、勝手に自分で限界を作る。
 
例えば・・・
 
「フォワードループ」
 
やろうとすると、マインドに否定的なカモが飛ぶ。
 
「そんな事、無理カモ知れない 」
 
すると、たちまちやる気が失せて、自分の限界を突破できない。
 
 
カモの法則とは・・・
 
そんな否定的思いがやってきたら、直ちに『出来るカモ知れない』と、肯定的なカモを飛ばす。
 
すると、『不可能が可能になる』と言うシンプル極まりない理論。
 
 
そこでさっそく、今日の教室で『フォワードループ』を完遂する予定だったが・・・
 
昨日の鼻血事件のおかげで、今回は無謀なチャレンジをするのはやめた。
 
こうして、大自然の大海原を自由に疾走するだけで、満足するとしよう。
 
齢を重ねて、少しは賢くなったカモ
 

宇宙の法則

2016年12月9日(金) by キヨタカ

 たった今、この瞬間に、『宇宙の法則』が私を貫いている。
 
それはそれは、ものすごい事なのだが、
 
いつだってそうなので、その凄さに気づく事は稀だ。
 
 
夜になると勝手に眠くなり・・・、
 
朝になると、自然に目が覚める。
 
お腹が空いたら、食べ物を食べる。
 
すると自然に消化されて、栄養が全身を巡る血液にのって、体の隅々にまで行き渡る。
 
何もしなくても、勝手に呼吸が起こる。
 
息を吸ったら、必要な酸素が取り入れられ・・・
 
息を吐くと、不要な二酸化炭素が排出される。
 
 
この『宇宙の法則』に従い、明け渡すと、人生は天国となる。
 
この『宇宙の法則』に逆らうと、人生は地獄だ。
 
地獄から天国へ至る道は・・・
 
たった今、この瞬間に存在している。
 
この偉大な、至高の力に感謝!

中身の濃い2日間

2016年12月7日(水) by キヨタカ

 中身の濃い2日間だった。
 
昨日、施設の環境整備を手伝ってくれる常連のAさんとNさんが来訪。
 
庭木の剪定等をする予定だったが、イノシシ被害が甚大な為、防護柵の敷設をメインに行った。
 
もう数ヶ月前から新たなイノシシ対策をしなければ・・・と思っていたのだが、一人ではなかなか作業が捗らずほぼ放置状態のままだった。
 
ところが3人で作業を行うと、驚くほどのスピードで事が進み、あっと言うまに終了した。
 
 
夜は、瞑想ホールで一緒に瞑想。
 
今回手伝いに来れなかった地方在住の2人もスカイプでジョイント。
 
キリストは、次のように語っている。
 
『二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。』(マタイ18-20)
 
複数の人々が集い瞑想すると、個人を超えたエネルギーが降りてくる。
 
私はクリスチャンではない。
 
だから、キリストの名によって集まるわけではない。
 
しかし、I AMの名によって集まっている事は確か。
 
すると、大いなるI AMが降りてくるのである。
 
私が長い間瞑想会やリトリートをを続けて来れるのも、このエネルギーに支えられているから。
 
昨晩降りてきたエネルギーも、とても素敵だった。
 
 
環境整備終了後、Nさんの熱心な勧めもありヨガビと大ヒット映画『君の名は』を見に行く。
 
アニメ映画やファンタジー映画は、ワンピース以外は苦手。
 
以前、大ヒット映画の「風立ちぬ」を見に行ってガッカリした経験があった。
 
 
しかし、 全く期待しなかったのが良かったようだ。
 
SF仕立てになっていて、展開スピードもちょうど良く風景描写も美しい。
 
途中飽きる事なく、最後まで気軽に楽しめる内容だった。
 
時間や出逢いの不思議さに改めて思いを馳せ、心地よい余韻に浸れた。
 
日本のアニメ映画の質の良さにも、驚いた。

座禅コン

2016年12月5日(月) by キヨタカ

 長年、熱心にリーラスペースの瞑想に取り組んでおられるOさんから、
 
今日は座禅コンというものに参加して、禅寺で座禅をしてきました。
 
座禅コンとは、座禅に関心のある男女が集まって、座禅をしてもらうのと参加者で話をする合コンで、合コンとしては全く成果がありませんでしたが、座禅はとてもよかったです。
 
との報告があった。
 
 
私にとっての座禅は、「世俗のしがらみを断ち切って、独りで自分自身に向き合う瞑想」
というイメージ。
 
そんな私の常識を覆す、座禅コンなるものの存在を知り、驚いた。
 
男女の出会いを支援するプロの会社が企画する様々な活動の一つで、座禅コンは毎回満員御礼になる程の人気企画だと言う。
 
そうか、そんな瞑想イベントもあったのかヾ(*゚A`)ノ
 
今の時代に人達は、実に羨ましい限り。
 
 
私が禅寺に通っていた20代の頃は、
 
『女にうつつを抜かすようでは、悟れない!』
 
と言う勝手な思い込みがあった。
 
 
独身貴族と言われたサラリーマン時代、周りの女性には目もくれず、週末は鎌倉の円覚寺に参禅。
 
土曜日の夕方から禅道場に入り、泊まり込みで座禅修行に専念したものだ。
 
 
日曜日の午前9時ごろに、座禅会が終了。
 
下山して駅に向かう道すがら、デートを目的に円覚寺へと向かう何組ものカップルとすれ違う。
 
内心「羨ましいな〜」、と言う思いを押し殺して・・・
 
「今はじっと我慢の修行時代。
 
悟りを開いた暁には、モテる男になってやる( ̄Д ̄;;」
 
なんて自分に言い聞かせて、修行の日々を送っていた。
 
今では笑い話のネタの一つだけれども、当時は真剣だった。
 
 
Oさんによると・・・
 
私の場合は今までの瞑想の蓄積で、参禅してすぐに効果を感じましたが、初心者には禅は敷居が高いなと感じたのも事実です。

リーラスペースで行っているような瞑想が、現代人には合っていると思います。
 
とのこと。
 
瞑想を通して、『自分自身と出会うこと』と『素敵な彼女/彼氏と出会うこと』が矛盾なく両立するような、ダイナミックな現代人向きの瞑想会を創造していきたいものだ。

2016年12月4日(日) by キヨタカ

 「自分自身で在る事/ Be Yourself」
 
それが瞑想の究極なら、「自分自身で在る事」からスタートすると全ては上手く行く。
 
 
江戸時代の名僧盤珪禅師は、次のように語っている。
 
仏になろうとしようより、仏でおるが造作がのうて近道でござるわいの
 
 
瞑想とは、仏道そのもの。
 
最初から仏なら、近道すら不要だ。
 
あなたが自分自身として一歩を踏み出せば、それが直ちに道となる。
 
 
踏み出せば
 
 その一足がみちとなり
 
  その一足が道となる
 
   迷わず行けよ
 
     行けばわかるさ
 
 
プロレスラー、アントニオ猪木の名言だ。
 
 
ところで、オリジナルは 清沢 哲夫氏の「道」と言う詩だそう。
 
此の道を行けば どうなるのかと

危ぶむなかれ 危ぶめば 道はなし

ふみ出せば その一足が 道となる 
 
その一足が 道である
 
わからなくても 歩いて行け 

行けば わかるよ

自分で在る事(Be Yourself)

2016年12月2日(金) by キヨタカ

 『自分自身で在る事(Be Yourself)、それが究極の瞑想だ』
 
30年以上前に聞いたOSHOの講話テープを、先ほど聞き直す機会があった。
 
 
「な〜んだ、そんなに簡単な事なのか!真剣にOSHOの最先端の瞑想技法を実践すれば、数年後には悟りを開くのは間違いない!! 」
 
と思い、サラリーマン生活を捨てて、瞑想の世界に飛び込んだ日が懐かしい。
 
なんだか、つい先日のような気がもする。
 
 
久しぶりに同じ講話を聞いて、
 
『「な〜んだ、そんなに簡単な事なのか!』
 
と、以前と全く同じ感動をしている自分がいて、とても可笑しかった。
 
 
瞑想とは、本当に簡単な事なのだ。
 
私は、今存在している。
 
だから、今存在している私をそっくりそのまま認めてあげて、『ゆったりと寛いで』いれば、それでいい。
 
 
一日中、朝から晩まで自分で在ろうとすると、難しい。
 
でも、今だけ、この一瞬だけ、この一呼吸だけ・・・
 
『自分自身 で在る事(Be YourSelf)』
 
それだったら、誰にでも可能だ。
 
 
自分自身 で在る事に、ゆったりと寛いでいると、幸せが訪れる。
 
それはどこか他からやってくるのではない。
 
すでに在る幸せが、どこからともなくふつふつと湧き上がるのだ(*^-^)
 
 
この一瞬だけ自分自身 でいれたら、今日一日だけ自分でいる事はそれほど難しくない。
 
今日一日、自分でいれたら、やがていつでも・・・
 
『自分自身 で在る事(Be Yourself)』
 
を成就する。
 
なぜなら、それはすでに初めからそうなのだから、そうでしかありえない。
 
 
幸せだな〜
 
僕は僕で在る時が一番幸せなんだ♫

« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »

メインホームページ

リンク

無料ブログはココログ