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2017年6月

誕生日

2017年6月27日(火)by キヨタカ

昨日は、私の誕生日。
 
63歳になったはずだから、そろそろ高齢者のカテゴリーに属するのだが・・・
 
全く実感がない。
 
鏡を覗いてみると、確かに年齢相応に経年劣化した姿がそこにある。
 
しかし鏡を覗く私をダイレクトに振り返る時、意識そのものは時空を超えている。
 
つまり、意識は歳をとらない。
 
いつでも今にあり、永遠に自由だ。
 
しかしその一方において、意識は肉体に宿り時間の中で進化する。
 
それが、なんとも不可思議で面白い。
 
 
OSHOによれば、7年毎に人生は大きく変化すると言う。
 
8年とか9年と言う説もあり、人によりけりと思うが、私の場合は、過去を振り返ると確かに7年毎に大きな節目を迎えた。
 
21歳(7×3)で、最初の一瞥を体験してから瞑想(禅)の道を志す。
 
28歳(7×4)で、会社を辞めて OSHOの弟子となる。
 
35歳(7×5)で、OSHOが肉体を去った事に伴い、日本で瞑想活動に従事。
 
42歳(7×6)で、ヨガビジャと出逢い、リーラスペースを始める。
 
49歳(7×7)で、フーマンの影響で恩寵の道へ誘われる。
 
56歳(7×8)で、肉体改造に取り組み体重を12キロ落とす。
 
 
だから63歳(7×8)の今年もまた、何か大きなことが起こるに違いない。
 
しかしどの節目の誕生日においても、まさかそんな事が起こるとは夢にも思わなかった。
 
それが何なのか、起こってからのお楽しみ(*^-^)
 
毎日をワクワク過ごせる年になりそうだ。

鹿児島イベントの感想〜川のせせらぎのように〜

2017年6月26日(月) by キヨタカ

仏陀やOSHOやフーマンが悟りを伝えるのは、もちろん貴重で有難い事なのは言うまでもない。
 
しかし聞いている私たちの方は、頭の上を素通りしてしまいがち。
 
「さすが仏陀、OSHO、フーマンヽ(´▽`)/」
 
と覚者を絶賛しつつも・・・
 
「偉大な覚者は、生まれながらに違う!」
 
「それに引きかえ私が目覚めないのは仕方ない」と、
 
思い込んでしまう(ノ_-。)
 
だから私たちの目覚めは、相変わらず先延ばしとなる。
 
 
しかし、もしも聞いている私たちの方の誰かが、目覚めを語り始めたら・・・
 
状況は一変する!!
 
「私となんら違わないあの人にそれが起こったなら、私にだって起こるはず!」
 
お互いがお互いの目覚めをサポートし合うので、目覚めへのプロセスが一気に加速するのだ。
 
 
リーラスペースの瞑想会は、仏陀やOSHOやフーマンとは違い、キヨタカが覚者かどうかに主眼を置いていない。
 
「例え小さくとも、それぞれが自らの光を携えて集うことによって引き起こされる目覚めのネルギーフィールド」を創ろうとしている。
 
参加者こそが潜在的な覚者であり、リーラスペースは過去、現在、未来の仏陀が集う場だ。
 
このユニークな覚醒フィールドは、覚者を中心とした伝統的な瞑想会を凌駕する。
 
 
それが今回、鹿児島のイベントで起こった。
 
イベントのシェアリングの時に、参加者のMさんが数週間前に起こった一瞥を話してくれた。
 
すると、彼女の体験に伴うバイブレーションがグループ全体に伝わって、場のエネルギーが数段アップ・・・
 
とても素晴らしい瞑想会になった。
 
Mさん、素敵なシェアリングを有難うございます。
 

* * Mさんの感想 * *
 
ワンデーイベントでは大変お世話になりました。
 
終わってみると、イベント開始から10分ほどしか経っていないように思われるほど
あっと言う間で、時間と空間、そして自我を超えた体験でした。
 
私自身イベントの少し前に大きな変容があり、
それ以来、どのような場面においても、穏やかで繊細な「寛ぎ」が
常に自分の内側の根底にあるのを感じていました。
 
(正確に言えば、寛ぎだけではなく、気づきや慈愛、受容、
みずみずしさ、柔軟性なども入り混じったような感覚なのですが・・・)
 
そして、今回のイベントでもやはりその内側の「寛ぎ」はまるで川のせせらぎのように
絶えず流れ続けていましが、ハートの扉を内側に開く瞑想の時に
その「寛ぎ」のボリュームがMAXになり、まるでダムが決壊するかのような勢いで
全てがそれに飲み込まれていきました。
 
それは、内側も外側も無く、自分さえも無く、ただ透明な扉だけが
そこにあって全てが一つに溶け合って、全宇宙が祝福に満ちているような感覚でした。
 
今振り返ってみると、私の「それ」が更に大きな「それ」に合流したくて
イベントに参加したのかもしれません。
 
本当に至福の体験でした。
 
そして、今も「それ」は私の内側でせせらぎのように流れ続けています。
 
これからも、「それ」こそが自分自身である事に気づき続ける事が
できるように、常に透明な意識で在りたいと思います。
 
 
そうそう!それから、もう一つ印象に残る出来事がありました。
 
私が近況をお話しした後に、数名の方に
「すごいですね~!」というお言葉を頂きました。
 
以前であれば、そんな言葉を頂いた時点で、
「自分が」言われたものとして有頂天になったり
得意気になったり、はたまた傲慢になってはいけない・・
などと色々な思考でいっぱいになっていただろうと思います。
 
しかし、昨日は、「すごいですね~!」と言われても
そんなレッテルを貼り付ける事ができる「自我」そのものがどこにもなく、
ただ、その言葉だけがまるで落ち葉のようにヒラヒラと舞って
次の瞬間には跡形もなく真空に消滅してしまいました。
 
それがなんとも軽やかで自由で言葉にできないほど真新しい感覚でした。
 
なんだか、とりとめもない感想になってしまいましたが
とにかく素晴らしいイベントでした!
 
清貴さんはじめ、あの場に存在して下さった皆様に
心より感謝申し上げます。
 
 
そしてまたお会いできる日を楽しみにしておりま~す♪
 
by M
 
 

鹿児島イベント終了

2017年6月25日(日) by キヨタカ

鹿児島のワンデーイベントが無事終了。
 
昨年の11月に続き、今回で2回目。
 
全員が再参加者だったため、瞑想も深く入りとても手応えを感じられるイベントだった。
 
継続は力なり。
 
是非とも、鹿児島での瞑想会を続けて行きたいと思う。
 
今回のイベントをサポートしてくれたOさんから、早速感想のメールが届きましたので、一部を転載させて頂きます。
 
* * Oさんの感想 * *
 
今回は,多かった前回より少し少人数となり、静かな雰囲気で進められたのがよかったと思いました。

・・・

午前中のクンダリーニ瞑想(1stステージ),ジベリッシュ,レット・ゴー,そして,そのくつろいだ状態での座禅。

これは,くつろぎの中にプレゼンス,ビーイング,ハートが一体とない,とてもいい感じでした。

参加者も最初は緊張気味ですから,いい感じを得られるのだと思いました。

緊張感は大事ですね。

なかなかくつろげない私ですが,簡単にこの3つの統合でくつろぎの状態になるのは,流石にキヨタカさんの適切な指導ならではだと思います。


なんと参加者の中に,3週間ほど前に自分が消えるといういわゆる一瞥体験をされた方もあり,それをシェアしていただけたことはとても貴重なものになりますし,励みになりました。

変容が特別なものではないということが伝わって来ました。


午後は緊張感が薄れたところで,笑いと泣きの瞑想から,デヴァヴァニ瞑想で幼児期に戻り,アティシャのハートの瞑想などを自分に戻る瞑想を自由自在に駆使し,すっかりノーマインドに持っていく。

とてもいい瞑想会だったと思います。
 

家に帰って,未だに,くつろぎの中にプレゼンス,ビーイング,ハートが一体になっています。

これは,やはり体験しないとわからないですね。

また,是非,瞑想会を続けていただ行きたいと思いました。

 
今朝は,頭部にいい感じのエネルギーが止まっていて,そこにチューニングするといい感じになります。

しかし,ちょっとチューニング外すとマインドが活発に動いています。

キヨタカさんが感じられたように,私はこのうるさいマインドを静かにすることが先かもしれません。

進歩しないことも含めて自分の内側の導きを信じて,やっていこうと思います。

 
今回,参加した皆さんが瞑想会の開催をとっても期待されているのが,わかりました。

おそらく進歩が楽しくなってきている方が多いのですね。

・・・
今後ともよろしくご指導お願いします。

お知らせ

*ナイト・イベント(9月)at 新宿 NEW!
*3デーズ・リトリート(11月) NEW!
 
*瞑想トランスミッション(個人セッション)
 
*瞑想スカイプセッション(個人セッション)
   連続セッション有り! 

羽田にて

2017年6月23日(金) by キヨタカ

 明日行われる、鹿児島ワンデーイベントのため、現在羽田空港で出発待機中。
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手荷物のチェックインカウンターが完全自動化されていて、驚きヾ(*゚A`)ノ
 
1分以内で、アッと言うまもなく手続きが完了。
 
時代の流れの早さが、身にしみる。
 
 
保安検査場を通過すると、搭乗口に設置してあるテレビが、歌舞伎俳優の海老蔵さんの記者会見の様子を放映していた。
 
愛する家族を失うのは、言葉では語れない程の痛みを伴う。
 
明日は私の姉の命日という事もあり、とても他人事とは思えず涙がこぼれた。
 
あの状況で会見を行えるとは、凄い人だと感動。
 
 
どんなに優秀で、有名で、お金持ちで、絶世の美女を妻にして、素晴らしい子供達に恵まれたとしても・・・
 
それが外側に依拠している限り、幸せが永遠に続く事はありえない。
 
来ては去って行かないもの、唯一絶対の拠り所に目覚める事こそが、我々生きている人間に与えらえた唯一の緊急課題である事を改めて強く感じた。

あるがまま

2017年6月17日(土) by キヨタカ

『あるがままを受け入れる』ことは、瞑想の大原則。
 
だが 実際にあるがままを受け入れる事は、なかなか難しい。
 
しかし、よくよく考察して見ると、
 
「あるがまま」とは「今・ここで起こっていること」そのもののこと。
 
だから、それを受け入れようが受け入れまいが、「あるがまま」の事実そのものに何の違いもない。
 
受け入れるかどうかは、こちら側つまりエゴの勝手な都合に過ぎない。
 
一方、「あるがまま」とは事実そのもの。  
 
事実唯真
 
事実とは常に動かすことのできないもので、この事実こそが真実である。
 
だから本当は、受け入れるか受け入れないかの選択の余地はない。
 
 
 
あるがままを受け入れないとは、
 
それはちょうど、沈みかかった夕日に向かって、
 
「ダメよ、ダメ、ダメ\(*`∧´)/」
 
と叫ぶようなもの。
 
どんなに受け入れを拒否しても、夕日は西の果てへと消えて行く。
 
 
マインドにいると、あれかこれか選択の余地があるような錯覚に陥る。
 
ハートにいれば、あれかこれかの選択が無い。
 
あれはあれ、これはこれ。
 
夕日は沈み、朝日は昇る。
 
何とシンプルで、楽な事だろう(o^-^o)

自分に戻る

2017年6月15日(木) by キヨタカ

スピリチュアルの世界は、それこそピンからキリまで。
 
様々な道があり、どの道を選ぶかによりその人の運命は大きく左右される。
 
私なんかはとても運が良い。
 
禅から始まり、OSHOやアジズ、フーマン等が示す王道を歩み続ける事が出来た。
 
 
本来の道の目的地は、『今・ここ』
 
だから、そこに到達したら道は要らないはず。
 
・・・にも関わらず(;д;)
 
昨年の前半は、ヨガの道にハマった。
 
ある時、OSHOのタントラの講話の録音を聞いたら、
 
すごく面白くて・・・
 
「やはりヨガよりタントラの道だ!」
 
と納得。
 
それからと言うもの、タントラの講話をほぼ毎日のように聞いていた。
 
 
この間、久しぶりに『信心銘』を読んだら、冒頭の句が深く魂に響いた!
 
至道無難(しいどうぶなん)、唯だ揀択(けんじゃく)を嫌う、
 (最高の真理に至るのは難しいことではない。
 ただ取捨、憎愛の念を起こして、選り好みをするのを嫌うだけである)
 
 
とても感激したので、さっそくヨガビにシェア。
 
「やっぱり禅は素晴らしい!禅に戻ろうかな?」
 
すると、間髪を入れずにヨガビ答えて曰く。
 
「自分に戻れば!?」
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・・・ ・・・
 
その一言が、脳天に落雷の一撃を食らったような衝撃となったthunder
 
 
それ以来、スピリチュアル関係の本を読んだり講話テープを聞くのを一切止めて・・・
 
只管(ひたすら)自分に戻り、
 
『自分の道を行く』ことに専念している。
 
 
・・・といっても、まだ数日前の話だけれど(ρ_;)
 
願わくば、二度と自分の道から外れませんように。

Mさん旅立ち

2017年6月14日(水) by キヨタカ

インドから一時帰国して施設の庭を管理してくれたMさんが3ヶ月の滞在を経て、昨日再度インドへと旅立った。
 
長らく放置していたため原始林に戻りつつあった施設の木々の手入れに熱心に取り組んでくれたおかげで、今は施設が昔の美しい姿を取り戻した!
 
実に有り難い。
 
 
有難いのは、別に庭仕事だけではない。
 
ただこのスペースにMさんが存在しているだけで、安心感と安らぎと神聖さを醸し出す不思議な存在だった。
 
本人は至ってシンプルなので、彼を庇護する大いなる存在のなせる業なのかも知れない。
 
お陰で、この場所がとても豊かで静かで神聖な波動を取り戻したように思う。
 
 
本当はもっと長く滞在して欲しいのだが、インドへの想いがとても強いので引き止めるわけにもいかない。
 
インドを心ゆくまで堪能して、ぜひまたここに戻って来て、素敵な波動をシェアして欲しい。
 
 
ただその人が存在しているだけで、周囲の波動が和み喜びが溢れ出す(*^-^)
 
私もそんな存在でありたいと、願っている。

温泉三昧

2017年6月10日(土) by キヨタカ

昨日は、友人に連れられて箱根の秘湯で温泉三昧。

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知る人ぞ知る名湯で、最初に入った人は足柄山の金太郎だと言う伝説がある。
 
明治時代には、夏目漱石等の文人墨客が多数訪れた。
 
実際に、 小説「我輩は猫である」の中で、「姥子の温泉」として下記の通り記述されている。
 
あの姥子と云うのは山の中の一軒家でただ温泉に入って飯を食うよりほかにどうも子も仕様のない不便の所さ。
 
 
かなり気合を入れないと辿りつけない、わかりにくい場所にある。
 
しかも、静謐さと伝統にこだわった、孤高に徹した温泉運営。
 
「団体客や騒々しい客はお断り」
 
さらに湯質を保つために
 
「石鹸・シャンプーの類は禁止」
 
 
岩風呂内には巨大なしめ縄が張られていて、温泉場そのものが「ご神域」として霊泉に入らせて頂くと言う雰囲気になっている。
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今まで色々な温泉場に行ったけれども、これほど静かで神秘的な雰囲気の温泉場は他にはあるまい。

 
瞑想の境地は様々なレベルがある。
 
その中でもサマーディ(三昧)の境地を味わうには、 ビーイングに吸収される事が不可欠。
 
この場所で瞑想すれば、サマーディの一瞥を味わえるかも(o^-^o)
 
温泉通と瞑想通の方には、見逃せないスポットである。

グミ

2017年6月8日(木) by キヨタカ

自宅(富士見荘)の庭に植わっている、グミの木。Img_0598

毎年梅雨の時期に赤い実がなるのだが・・・

これがマズい・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

 

どのくらいかというと、口の中が痺れるくらい渋くて吐き出す程のマズさ。

小鳥も食べない。

枝はトゲトゲで剪定も面倒。

枝ぶりや葉っぱも野暮ったい。

だから、思い切って根元から伐採してしまおうかとも思っていた。

しかし、伐採するのもかわいそうなのでそのまま放置。

 

Img_0599 今年も、例年通り真っ赤な実をつけた。
 
どうせマズいと思いつつも、恐る恐る口に入れて見たところが・・・
 
なんと、驚くほど甘い(*^-^)
 
いつの間にか外側の実がなくなっていたけど、甘いので小鳥が食べてしまったに違いない。
 

Img_0600

ネットで調べると、リコピン等の身体に良い成分が多量に含まれ、老化防止の優れものらしい。
 
だからここ数日は、毎日グミを食べている。
 
 
瞑想により目覚めが起こっても、それが人生そのもに大きな影響を与えるには、かなり時間がかかる場合がある。
 
私なんか典型的なグミ型だな〜と思いつつ、今日もまた甘い果実を口の中にほうばって満足(o^-^o)

メッセージ

2017年6月5日(月) by キヨタカ

先日、映画通のOさんからメールがあった。Unknown
 
何カ月か前に、何か良い映画はないか?と言われてましたが、
ブレードランナーの続編を監督する人の映画で「メッセージ」は非常に哲学的でスピリチュアルなもので、好き嫌いは別にして傑作です。
 
機会があったら、よがびじゃさんと見に行ってもらいたいです。
 
 
映画に限らず、通好みの嗜好は独特の感性があるので、必ずしも一般受けはしない。
 
だから、あまり期待はしなかった。
 
しかし、ブレードランナーの続編を監督する人との事で俄然興味が湧いて、昨日三島の映画館へ。
 
 
映像、音楽、ストーリー展開や、俳優の演技等々全てが揃っているので「良作」である事は間違いない。
 
しかし手放しで「傑作」と言えるには、何かが足りない感じ。
 
「面白かったけど、70点台だね」
 
との感想を抱きつつ、昨晩は早めに就寝。
 
 
おかげで今朝は早めに起きて、長時間瞑想。
 
瞑想中に・・・
 
「あの映画で足りないものは何か?」
 
の考えが浮かんでは消え去る。
 
(↑ 考えるのは瞑想ではないゾ!と突っ込まないでネ)
 
 
瞑想が終わってコーヒーを飲んでいたら、
 
とんでもない洞察が降りて来たw(゚o゚)w
 
映画を見た直後に感じた、例の? ? という奇妙な余韻。
 
その何か足りない感覚は、実は映画ではなく 私の理解の方だった(ノд・。)
 
自分の理解を上回る稀有な映画と出会った時に味わえる、あの独特の余韻を久しぶりに味わえたのである。
 
 
この映画は、「ブレードランナー」や「マトリックス」に匹敵するSF映画の金字塔である事は間違いあるまい。
 
オリジナルの短編小説のタイトルに「あなたの人生の物語」とあるように、非常にプライベートな個人の意識の変容を扱っていながら、それが普遍的な人類の進化の方向性を示唆するメッセージにもなっている。
 
「神は様々な媒体を通して、絶えず人類にメッセージを発している」と聞いたことがある。
 
この映画をハートを通して鑑賞すると、あなた個人と人類の方向性について神の明確なメッセージがはっきりと聞こえてくるかも知れない。
 
 
 
意識の目覚めと成長に関心のある方は、必見ですよ!!
 
PS. 老婆心ながら、謎解きの面白さもあるので、ネタバレ解説等はなるべく見ないで映画館に直行して下さい。

知っても仏

2017年6月3日(土) by キヨタカ

 新潟に住んでいる友人が・・・

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「北朝鮮ミサイル問題で不安(;ω;)」
 
と語るのを聞いて、図らずしも笑ってしまった。
 
私はず〜と以前に、「お笑い北朝鮮」と言う本を本屋で立ち読みした事がある。
 
内容は忘れたけど、タイトルだけが強く頭に残った。
 
だから北朝鮮問題のニュースを聞くたびに、それを思い出し、つい笑ってしまうのである。
 
 
しかしそれでは 拉致問題や万景峰号等々、北朝鮮に関係の深い新潟の方に失礼極まりない。
 
そこで 少しミサイル問題を調べて見た結果、
 
とてもお笑いで済ませるレベルではないことが判明ヾ(*゚A`)ノ
 
私も不安になってしまった( ̄Д ̄;;
 
 
「知らぬが仏」と言う諺がある。
 
原発問題、環境問題、人口問題等は言うに及ばず、食品添加物、遺伝子組み替え、さらには隕石落下問題に到るまで・・・
 
知らなければ、仏のように穏やかでいられる事は多々ある。
 
 
 「不安」は、研ぎ澄まされた知性や感性があればこそ。
 
だから、「不安」は決して悪いものではない。
 
無知ゆえの穏やかより、遥かに貴重だ。
 
ただ、次のステップがある。
 
「不安」にもかかわらず、穏やかな境地だ。
 
それを、「知っても仏」と名付けよう。
 
願わくば、「知っても仏」であれますように!

保存食

2017年6月2日(金) by キヨタカ

 東日本大地震の教訓としてキープしておいた「非常用保存食」の賞味期限が切れたので、今夜の夕食にした。Img_0586
 
宇宙食にも使われているフリーズドライ製法の優れもので、お湯を入れて15分で完成。
 
全く期待しなかったけれども、食べて見たらすごく美味しいヽ(´▽`)/
 
水を入れても1時間でO.K、しかも暖かく食べられるように加熱剤も付いている。
 
これなら、万一災害に会っても、かなり元気が出そう。
 
 
ひと昔前までは、「保存食=カンパン」くらいしか思いつかなかったけれども、最近の技術の進歩は素晴らしい。
 
・・・といっても、5年前の製品だけど(^-^;
 
 
新たな保存食を再度発注する必要があるが、災害にあうこともなく5年後もまた 今回同様に夕食として食べられますように(* ̄0 ̄)ノ

目指せゴールド!

2017年6月1日(木) by キヨタカ

免許更新のため、静岡県東部運転免許センターへ。

Img_0584昨年「一時停止無視」で捕まり、「ゴールド免許」を取り損ねた。

「違反免許者」として、たっぷりと「2時間講習」を受る事に(ρ_;)
 
 
幸い講師の方の教え方が上手でビデオ教材等も充実していたので、とても楽しく講習を受けられた。
 
日頃は、運転には自信があると自惚れていたけれども・・・
 
講習中に行った「安全運転自己診断」の結果、「ながら運転」による事故傾向がある事が明白になりショックヾ(*゚A`)ノ
 
 
世の中には、同時に複数の事を効率的に遂行出来る「マルチ型」と、一つのみの「シングル型」と2通りのタイプがいる。
 
通常はシングル型で、マルチ型は2%程度らしい。
 
マルチ型は、人類進化に伴い出現中でいわば新人類に特有の現象とか✌️
 
私はセラピーグループの通訳にのめり込んでいた時期が長かったせいもあり、「マルチ型」と長いあいだ信じていた。
 
だから、運転中にコーヒーを飲んだりしても全然平気と思っていたのだが・・・
 
実は「ながら運転」は非常に危険な行為である事を今回改めて思い知らされた。
 
さらに、マルチ型は脳にダメージを与える という見解もあるそうだ。
 
今回の講習を契機として、マルチタスクを放棄して謙虚にシングル型で生きようと決意!
 
 
そこで 帰りの運転は、未だかつてないくらいに真剣に全神経を運転のみに注いでみた。
 
すると、運転行為自体が非常に瞑想的になり驚いた。
 
自分は完全に静止して宇宙の中心に定まり、世界の方が勝手に動いている瞑想に特有の不思議な感覚も味わえた。
 
ドライブ終了後はちょうど瞑想終了後と同じく、とてもリフレッシュして心地良かった。
 
シングル型は、一度に一行為と非常にシンプルで禅的だ。
 
この調子で運転を継続できれば、交通違反もあり得まい。
 
目指せ、ゴールド!

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