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鹿児島イベントの感想〜川のせせらぎのように〜

2017年6月26日(月) by キヨタカ

仏陀やOSHOやフーマンが悟りを伝えるのは、もちろん貴重で有難い事なのは言うまでもない。
 
しかし聞いている私たちの方は、頭の上を素通りしてしまいがち。
 
「さすが仏陀、OSHO、フーマンヽ(´▽`)/」
 
と覚者を絶賛しつつも・・・
 
「偉大な覚者は、生まれながらに違う!」
 
「それに引きかえ私が目覚めないのは仕方ない」と、
 
思い込んでしまう(ノ_-。)
 
だから私たちの目覚めは、相変わらず先延ばしとなる。
 
 
しかし、もしも聞いている私たちの方の誰かが、目覚めを語り始めたら・・・
 
状況は一変する!!
 
「私となんら違わないあの人にそれが起こったなら、私にだって起こるはず!」
 
お互いがお互いの目覚めをサポートし合うので、目覚めへのプロセスが一気に加速するのだ。
 
 
リーラスペースの瞑想会は、仏陀やOSHOやフーマンとは違い、キヨタカが覚者かどうかに主眼を置いていない。
 
「例え小さくとも、それぞれが自らの光を携えて集うことによって引き起こされる目覚めのネルギーフィールド」を創ろうとしている。
 
参加者こそが潜在的な覚者であり、リーラスペースは過去、現在、未来の仏陀が集う場だ。
 
このユニークな覚醒フィールドは、覚者を中心とした伝統的な瞑想会を凌駕する。
 
 
それが今回、鹿児島のイベントで起こった。
 
イベントのシェアリングの時に、参加者のMさんが数週間前に起こった一瞥を話してくれた。
 
すると、彼女の体験に伴うバイブレーションがグループ全体に伝わって、場のエネルギーが数段アップ・・・
 
とても素晴らしい瞑想会になった。
 
Mさん、素敵なシェアリングを有難うございます。
 

* * Mさんの感想 * *
 
ワンデーイベントでは大変お世話になりました。
 
終わってみると、イベント開始から10分ほどしか経っていないように思われるほど
あっと言う間で、時間と空間、そして自我を超えた体験でした。
 
私自身イベントの少し前に大きな変容があり、
それ以来、どのような場面においても、穏やかで繊細な「寛ぎ」が
常に自分の内側の根底にあるのを感じていました。
 
(正確に言えば、寛ぎだけではなく、気づきや慈愛、受容、
みずみずしさ、柔軟性なども入り混じったような感覚なのですが・・・)
 
そして、今回のイベントでもやはりその内側の「寛ぎ」はまるで川のせせらぎのように
絶えず流れ続けていましが、ハートの扉を内側に開く瞑想の時に
その「寛ぎ」のボリュームがMAXになり、まるでダムが決壊するかのような勢いで
全てがそれに飲み込まれていきました。
 
それは、内側も外側も無く、自分さえも無く、ただ透明な扉だけが
そこにあって全てが一つに溶け合って、全宇宙が祝福に満ちているような感覚でした。
 
今振り返ってみると、私の「それ」が更に大きな「それ」に合流したくて
イベントに参加したのかもしれません。
 
本当に至福の体験でした。
 
そして、今も「それ」は私の内側でせせらぎのように流れ続けています。
 
これからも、「それ」こそが自分自身である事に気づき続ける事が
できるように、常に透明な意識で在りたいと思います。
 
 
そうそう!それから、もう一つ印象に残る出来事がありました。
 
私が近況をお話しした後に、数名の方に
「すごいですね~!」というお言葉を頂きました。
 
以前であれば、そんな言葉を頂いた時点で、
「自分が」言われたものとして有頂天になったり
得意気になったり、はたまた傲慢になってはいけない・・
などと色々な思考でいっぱいになっていただろうと思います。
 
しかし、昨日は、「すごいですね~!」と言われても
そんなレッテルを貼り付ける事ができる「自我」そのものがどこにもなく、
ただ、その言葉だけがまるで落ち葉のようにヒラヒラと舞って
次の瞬間には跡形もなく真空に消滅してしまいました。
 
それがなんとも軽やかで自由で言葉にできないほど真新しい感覚でした。
 
なんだか、とりとめもない感想になってしまいましたが
とにかく素晴らしいイベントでした!
 
清貴さんはじめ、あの場に存在して下さった皆様に
心より感謝申し上げます。
 
 
そしてまたお会いできる日を楽しみにしておりま~す♪
 
by M
 
 

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