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ハートのままに〜Rさんのお便り〜

2018年6月3日(日))by キヨタカ

瞑想とは、無条件にただ在ることの喜びに目覚めること。

だから、貧乏でも病気でも幸せになれる。

・・・と昨日の日誌に書いた。

 

しかし、それが全てでは断じてない。

ただあることだけが喜びなら、わざわざ人間としてこの世に生まれる必要もあるまい。

人間以外は、動物も植物も、ただあることの喜びに満ちている。

「野のゆりはソロモン王の装飾よりも美しい!」と、確かキリストも語っていた。

だから犬や猫として、あるいは木々や草花として生きたほうが楽だ。

それでも生きるのがつらいという人は、山や川に生まれ変わって存在の喜びに浸るのがベストかもしれない。

 

しかしとにもかくにも、人間として我々はこの世に生を受けた。

しかし人間だけが、生きるのに四苦八苦している。

それは、人間だけがさらなる可能性を秘めているから故であり、産みの苦しみだ。

 

魂は本来の潜在的可能性と、正しい方向性を知っている。

しかし、エゴは自己本来の可能性に気づかず、全く別の方角を向いている。

本当は飛行機でハワイに行きたいのに、手漕ぎのボートでアラスカに行こうとしているようなもの。

だから当然苦しいだろうが、それはそれだけの可能性があればこそ。

自己本来の能力を見つけて、創造的に生きてこそ、魂は喜ぶ。

その意味で、『本当は自分は何をしたいのか?』を魂の宿るハートに問いかけるのがとても大切となる。

 

瞑想とは「ただあること」なのに、「何をしたいか?」問うのは矛盾している様に思われるが・・・

この世界は、天と地があり昼と夜があり、男と女がいて・・・矛盾に満ちている。

瞑想も、「あること」と「すること」からなっている。

しかしこの矛盾が統合された時にこそ、本来の力が湧いてくるのだ。

この矛盾が統合される場所、それこそがハートだ。

 

数年前にスカイプの連続セッションを海外から受けてくれていたRさんから、久しぶりのメールを頂いた。

あの時はよくわからなかった「する事からあることへ」の意味がよくわかる様になったとの事。

少しはお役に立てたようで、とても嬉しい(*^-^)

 

* * Rさんからのお便り * *

ご無沙汰しています。お元気ですか?Rです。

覚えてらっしゃいますか?

最近はきよたかさんが言っていた、、することからあることへ、ハートのままに生きられています。

あの時はピーんとこなかった、きよたかさんの言っていたのはこのことだったのか。。。 

今も教えていただいたことは体が覚えてるんですね。

ここにあるだけでいいのに、なんでなりたいものを質問されるんだろうと思っていましたが、今はハートが感じるままに、好きなことをしていくということが腑に落ちてきました。

 

お世話になったままお礼もできていなかったので、一言お礼を言いたいと思いEメールを書いてみました。

また日本に行く機会があって、瞑 想会に行くことができたらまた参加させてください。その節は本当にお世話になりました。

 

感謝しています。

 

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