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2018年6月

誕生日

2018年6月26日(火) by キヨタカ

 昨日は私の64回目の誕生日🎂
Img_0061
 
お友達から花をプレゼントされて、記念写真をパチリ。
 
 
最近はあちこちで地震や噴火が頻発、訳の解らない事件も多発してどうも落ち着かない世の中。
 
パートナーのヨガビによると・・・
 
「地球は今、熱したフライパンの上でポップコーンがポンポン跳ねている状態」
 
なんだとか。
 
地球の波動が上がり人類が次のステップへ移行するど真ん中では、これも仕方あるまい。
 
 
 
「地上天国の雛形をこの修善寺の地に創る」
 
と言う夢を掲げてスタートしたリーラスペースだが・・・
 
最近ではその夢も淡くなり・・・
 
 
白隠禅師の坐禅和讃にある通り・・・
 
衆生本来仏なり 
・・・
当所即ち蓮華国 
この身即ち仏なり 
 
と言う事なんだろう。
 
 
つまり、今自分のいるところが地上天国なのだ。
 
だから私が何処に行こうとも、そこが地上天国となる(*^-^)

鹿児島ワンデーイベント終了

2018年6月25日(月)by キヨタカ

鹿児島ワンデーイベントが無事終了。
 
年2回のペースで4度目となる今回は、梅雨にも関わらず良い天気に恵まれてとても手応えを感じられる瞑想会となった。
 
説明は可能な限り省いて、瞑想体験の方を重視するようにしたので、初めて参加される方はかなり戸惑ったかも(^-^;
 
でも場のエネルギーに助けられて、言葉を超えた体験的な理解が起ったように思う。
 
例によって、早速参加者から感想のメールを頂いたのでアップします。
 
 
* * Fさんの感想 * *
 
おはようございます。
 
昨日瞑想会に参加したFです😃
 
初めての瞑想会に参加出来て本当に良かったです。
 
ありがとうございます‼️
 
かなり、緊張してキヨタカさんに質問したい事があったのですがすべて忘れてしまいましたが、ますます瞑想に対する気持ちが強くなりました😃✨
 
また、ハートの瞑想の時自分のハートの色と匂いだと思うのですが、そこに吸い込まれ体の感覚が消える感じでちょっとびっくりしました。
 
ですが、それからこんなに穏やかで包まれる感覚が強くなり安らぎの空間に居る感じが続いてます。
 
もっと瞑想を追及して今に居るのを常に感じれるように頑張ります😃
 
また、是非ともスカイプセッションなどしていきたいです。
 
その際ゎよろしくお願いします🙇⤵️
 
ありがとうございました。
 
 
* * Oさん(スタッフ)の感想 * *
 
昨日の瞑想会は本当にのっけから,深いところに入れました。
 
回数を重ねることで,参加された皆さんが進歩されたのが感じられました。
 
今回は,初参加の方がいろいろと質問されたことも,とても良かったと思っています。
 
気づきとは何かという質問がありました。
 
それを鐘を叩いて,気づき(意識)の中に音が現われ,消えていく様で説明をされていたところで,何人かがハッと気づいたことが印象的でした。
 
キヨタカさんは話すより,直接体験しなければ始まらないというお考えなのはわかるのですが,やはり,頭での理解も必要だなと思いました。
 
もう少し体系的な話があってもいいかもしれないと思いました。
 
今朝起きると,エネルギーが全体に高まっており,いつも一人でする短い瞑想もプレゼンスの強い状態が続いています。
 
 
鹿児島ワンデー瞑想会は、回を重ねる度に深くなっているのが良くわかり、このイベントを企画してくれてた方々にもとても喜んでもらった。
 
そこで、ちょっと気が早いけれども、11月25日(日)にまた鹿児島でワンデーイベントを開催します!
 
次回もまた宜しく(* ̄0 ̄)ノ

お知らせ

 
 
 
 
天野清貴の本 
 
「アジズとの対話」「恩寵の扉が開くまでⅠ〜Ⅲ」「覚者を求めて」 
を販売しています。 
購入ご希望の方はリーラスペースまでご連絡ください。

医は仁術なり

2018年6月21日(木) by キヨタカ

(昨日の日誌の続き・・・)
 
母が体調を崩し点滴を受けた。
 
3日間連続で点滴を受けたにも関わらず、水も食事も全く喉を通らない。
 
「原因がわからないので、次のステップとして胃カメラを飲ませまる」
 
と主治医の老先生は言う。
 
「そんな必要はない。点滴をやめてしばらくすれば回復するはず」
 
と私の直感が言うのだが、プロの医者の意見を無碍に断るわけにもいかない。
 
困ったもんだ。
 
 
そこで母を説得して、なんとか水分を取らせようしたのだが・・・
 
キヨタカ:「頑張って、水くらい飲んで!」
 
母:「飲めない(-ε-)」
 
キ:「そんな事言わずに、少しだけ飲んで!!」
 
母:「飲めないものは飲めない。病人に対する配慮がない\(*`∧´)/」
 
と頑なに拒否。
 
お互いに不穏なムードが漂う雰囲気となってしまった(;д;)
 
 
4日目にやって来られた訪問医療の先生は、若手だがとても穏やかな人だった。
 
「点滴や胃カメラをさせたくない」
 
旨を伝えると・・・
 
「実は私もそう思います」
 
と私の直感に同意してくれた。
 
若先生が言うには、
 
「自分は病気で、飲み食いが出来ない」
 
と頑なに思い込んでいる母親の精神状態がネックになっているとの事。
 
 
問題は、どうやって母親の思い込みを解除して水を飲ませるかと言う事だが・・・
 
この若先生の、母への対応は実に見事だった。
 
先生:「4日も食事が喉を通らないなんて、大変ですね〜?」
 
母:「ハイ」
 
先生:「早く良くなりたいですか〜?」
 
母:「ハイ」
 
先生:「どうしたら、良くなると思いますか〜?」
 
母:「せめて、飲み物くらいでも喉を通れたら・・・」
 
先生:「じゃあ頑張って、試しに水でも少しだけ飲んでみますか〜?」
 
母:「ハイ」
 
・・・と若先生の誘導に見事にのせられて水を2口もゴックンしたのである。
 
嚥下(えんげ)障害も無いことも分かり、これで一安心。
 
それからは、みるみる快方に向かい始めた。
 
 
この若先生の問診の様子を見ていて、カウンセリング等のコミュニケーションの基本である、
 
『相手の世界を尊重し、相手の目線にまで降りて、相手の気持ちを察する』
 
と言う基本原理の大切さを改めて思い知らされた。
 
 
正しいことを「正しい」とストレートに主張しても、正しい事は相手には伝わらない。
 
上から目線で正しさを主張されると、腹が立ってノー!と言いたくなる。
 
相手の世界を尊重する事ではじめて、コミュニケーションが可能となる。
 
 
相手と心が通じ合うことを、フランス語で「ラポール/橋をかける」と言う。
 
ラポールについては、カウンセリングやNLP(神経言語プログラム)等でそのテクニックは色々と勉強したハズだったが・・・
 
頑固な母親を前にして、すっかり忘れていた。
 
 
この若先生の見事な対応を見て、ラポールの大切さを思い起こした。
 
ラポールのテクニックとして、ミラーリングやペーシング等々様々なものがある。
 
この若先生も、色々と勉強しただろうが・・・
 
結局は、テクニックを超えた患者への愛情がその根本にあると感じた。
 
『医は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救うを以て志とすべし』(貝原益軒)
 
と言う江戸時代の教えが、この先生の中に活きているのを知り嬉しかった。

友達を"捨てられる人"ほど・・・

2018年6月20日(水)by キヨタカ

 漫画家の弘兼憲史によると、友達を"捨てられる人"ほど人生が充実する そうだが・・・
 
なかなか人間関係をバッサリ切り捨てるのは難しい。
 
ましてや相手が、肉親しかも親となると・・・( ̄Д ̄;;
 
 
先日のワンデーイベント2日前から、母親の胃の調子が悪くなった。
 
歳の割に大食いなので、しばらく食べなければ治るに決まっている。
 
しかし母から何度も電話があり、
 
「これが最期かも知れない゚゚(´O`)°゚」
 
と、今にも死にそうな声で見舞いに来るように切々と訴える。
 
そこで止むを得ず、数日を一緒に過ごす羽目になった。
 
 
母によると、「数日間、水も食事も一切喉を通らない!」
 
ので点滴を毎日しているとのこと。
 
そこで、
 
「点滴なんか毎日するから、水も食事も体が欲しないんだよ!」
 
と点滴を打つのを止めるよう説得。
 
ところが、
 
「点滴を打つ病人なのに、私の気持ちを全く理解してくれない\(*`∧´)/」
 
と激怒されてしまった。
 
 
「あんたこそ、息子の気持ちを全く理解してくれない!」
 
「親を"捨てられる人"ほど人生が充実する !!」
 
と逆ギレして暴言を吐きたくなったが、そこはじっと我慢して・・・
 
翌日のワンデーイベントでは、ジベリッシュをリードしながら、自分でも口にしてはいけない暴言を沢山吐き出した。
 
さらに、ハートの瞑想によって開かれた参加者のハートのエネルギーが、私のハートを極限まで広げてくれた。
 
お陰でワンデーイベントの翌日からは、とても優しく母親の世話をする事ができた。
 
 
私の態度が変化した事で、母親の状態もガラリと変化。
 
ようやく味噌汁を少し飲めるようになり、
 
「優しい息子がいて、私は幸せ(o^-^o)」とのたまわく。
 
「俺の方こそ、長生きしてくれて有難う」
 
と率直に言えた。
 
定期的に行う瞑想会の効果を、今更ながら実感している。
 
参加者も喜び、主催する私はさらに喜ぶ。
 
こんな素敵なイベントは、他になかなかないだろう。
 
・・・との自画自賛はさておき、母が回復するにあたりとても強力なヘルプがあった。
 
実は・・・(続く)

新宿ワンデーイベントの感想〜魂が喜んでいる

2018年6月18日(月) by キヨタカ

 6月のワンデーイベント(土曜日)が無事終了。
 
今回もとても素敵な瞑想会となった。
 
参加して下さった皆様有難う!
 
すぐに日誌を書くつもりだったけど、母の世話に追われてタイミングを失ってしまった(;д;)
 
幸い参加者のFさんから感想を頂いたので、瞑想会の報告とさせて頂きます。
 
(今週末鹿児島のイベントもあります)
 
 
* * Fさんの感想 * * 

昨日はありがとうございました。
 
Fです。

イベントの最後に実施していただいた恩寵の光瞑想は圧巻でした!
 
キヨタカさんの誘導瞑想によりエネルギー(光)のバイブレーションを感じているハートに体の気になる個所をそのまま持っていきましたら、なぜそういう状態になっているのか背景が出てきました。
 
また、40代、30代、20代、10代、子供時代と遡る誘導の時は、小学校の時にしたいたずらで大変な迷惑をかけてしまったお方や猫のことが出てきて、ご迷惑をかけてしまったことに対してハートの中でお詫びをすると共にハートで変容のエネルギーを感じていました。
 
恩寵の光瞑想ハイライトはキヨタカさんの誘導により、今いる部屋全体にハートのエネルギーを拡張、そして、会館全体、日本全体、地球全体、宇宙全体へとハートが拡張していくのを感じていました。

 (・・・略・・・)

キヨタカさんが体験したことを書籍にしていただいたことは、瞑想に取り組んでいる方々で適切なタイミングにご縁のある人々に対して多大な影響を与え続けていくと感じます。 
 
I AMの3つの次元(気づき、ビーイング、ハート)と
フーマンのいう「これ」について、今年の春に書籍で知りそれを感じることができたことに魂が喜んでいるようです。

歪んだメガネでも・・・

2018年6月14日(木)by キヨタカ

 目の検査の為、一週間をコンタクトレンズ無しで過ごした。
 
高校生の時に白内障の手術をしたので、コンタクトレンズ無しではまともな日常生活が送れない。
 
一応特別仕様のメガネもあるのだが、強度が強すぎて周囲が歪む。
 
だから 、5分くらいしかかけていられない(。>0<。)
 
 
 
最初は本もメールもパソコンもほとんど見ないで 、やむを得ない時のみメガネを短時間つけて過ごした。
 
ところが、数日もすると合わないはずのメガネがいつの間にか目に馴染んでき来たではないか!
 
一昨日辺りからは車も運転出来るようになり、肉体の適応能力の高さに我ながら驚いた。
 
 
アメリカの某大学の心理学部で行われた、「歪んだメガネ」の実験を思い出した。
 
上下左右が逆さまに映る「歪んだメガネ」を被験者にかけさせて何が起こるのかを観察する実験だ。
 
このメガネをかけると世界がひっくり返って見えるので、もちろん被験者はまともに歩くことすら出来ない。
 
しかし数日もするとだんだんと慣れてきて、やがて普通に日常生活が送れるようになったという。
 
実験が終わりメガネを外して正常な状態にしたら「被験者がひっくり返った」というオチなのだが・・・
 
この一週間を過ごして、あの実験は本当だったのだと納得。
 
 
我々がこの世に生まれた時は、誰だって真っさらな白紙状態にある。
 
そこに両親や教師や社会から、非常に歪んだ様々な条件付けが植え付けられる。
 
それはちょうど歪んだメガネをかけさせられるようなもの。
 
まだ幼い無我の状態でかけさせられたメガネは、すっかり身体の一部となり、歪んでいる事すら気づかなくなってしまう。
 
歪んだメガネでもそれにすっかり馴染んでしまうと、それを取り除くのは非常に困難となる。
 
メガネを外すには、相当の痛みや苦痛が伴うのも仕方がないだろう。

本の問い合わせの件(お尋ね)

2018年6月12日(火) by キヨタカ

H・J さんから、下記の通り本の問い合わせがありました。
 
注文可能ですので、その旨の返信メールをしましたが、そちらに届きません。
 
恐れ入りますが、リーラスペースまでお電話を下さい。
 (Tel 0558-74-1118)
 
Re: 初めまして。
 
天野さんの本を読ませていただいています。『恩寵の扉が開くまで 2』が欲しくて、探しています。
 
分けていただくことはできるのでしょうか?
 
By H・J

 それは本当ですか?

2018年6月5日(火) by キヨタカ

 暗い夜道を歩いていたら、藪の中からヘビがこちらを睨んでる!Depositphotos_12228501stockillustra

恐怖で全身が震えたが、懐中電灯でよく照らしてみたらなんとロープだった。

ヘビとはあなたの信じ込みで、懐中電灯は気づきの光の事。

気づきによってヘビがロープであると知れば、恐怖は無くなる。

 

スピリチュアルの古典的なアナロジーで、この話は耳にタコができるくらい誰でも知っている。

しかし自分が信じている思い込みに気づくのは、実際には非常に難しい。

疑うことなく思い込んでいることは、砂漠の砂の数ほど多い。

「私の父親は支配的だ!」

「私のパートナーはハートを閉ざしている!」

等々、枚挙にいとまがない。

 

瞑想とは、一言で言えば「気づき」のこと。

しかし「思い込んでいる事実」に気づきの光を当てようともがくと、さらに事実が拡大して事実が真実にすら見えてしまう。

その結果としてシマヘビがキングコブラみたいなって・・・

「瞑想なんて実際の人生では役立に立たない゚゚(´O`)°゚」

と嘆く羽目に陥る人も多い。

 
 
禅では、「坐禅」の他に問答や疑念を通して真実に至る方法がある。
 
そこでは「 信じるな、徹底的に疑え!」と言われる。
 
しかし残念ながら、今では殆ど形骸化してしまった。
 
 
バイロン・ケイティの「ザ・ワーク」は、ある意味で禅の教えの復活と言える。
 
シンプルに自分の思考に対して「それは本当ですか?」と問いかける。
 
そのプロセスを辛抱強く誠実に 行う事で、「思考が生じる以前の源泉へ」と戻るワークだ。
 
それなりの知性と誠実さが必要だ。
 
さらに裸の自分と向き合う勇気も必要だから、 必ずしも万人向けではない。
 
しかし、ヘビをロープと認識できる気づきを養う上で、とても素晴らしい(*^-^)
 
特に下記のビデオには感動した。 
 

ハートのままに〜Rさんのお便り〜

2018年6月3日(日))by キヨタカ

瞑想とは、無条件にただ在ることの喜びに目覚めること。

だから、貧乏でも病気でも幸せになれる。

・・・と昨日の日誌に書いた。

 

しかし、それが全てでは断じてない。

ただあることだけが喜びなら、わざわざ人間としてこの世に生まれる必要もあるまい。

人間以外は、動物も植物も、ただあることの喜びに満ちている。

「野のゆりはソロモン王の装飾よりも美しい!」と、確かキリストも語っていた。

だから犬や猫として、あるいは木々や草花として生きたほうが楽だ。

それでも生きるのがつらいという人は、山や川に生まれ変わって存在の喜びに浸るのがベストかもしれない。

 

しかしとにもかくにも、人間として我々はこの世に生を受けた。

しかし人間だけが、生きるのに四苦八苦している。

それは、人間だけがさらなる可能性を秘めているから故であり、産みの苦しみだ。

 

魂は本来の潜在的可能性と、正しい方向性を知っている。

しかし、エゴは自己本来の可能性に気づかず、全く別の方角を向いている。

本当は飛行機でハワイに行きたいのに、手漕ぎのボートでアラスカに行こうとしているようなもの。

だから当然苦しいだろうが、それはそれだけの可能性があればこそ。

自己本来の能力を見つけて、創造的に生きてこそ、魂は喜ぶ。

その意味で、『本当は自分は何をしたいのか?』を魂の宿るハートに問いかけるのがとても大切となる。

 

瞑想とは「ただあること」なのに、「何をしたいか?」問うのは矛盾している様に思われるが・・・

この世界は、天と地があり昼と夜があり、男と女がいて・・・矛盾に満ちている。

瞑想も、「あること」と「すること」からなっている。

しかしこの矛盾が統合された時にこそ、本来の力が湧いてくるのだ。

この矛盾が統合される場所、それこそがハートだ。

 

数年前にスカイプの連続セッションを海外から受けてくれていたRさんから、久しぶりのメールを頂いた。

あの時はよくわからなかった「する事からあることへ」の意味がよくわかる様になったとの事。

少しはお役に立てたようで、とても嬉しい(*^-^)

 

* * Rさんからのお便り * *

ご無沙汰しています。お元気ですか?Rです。

覚えてらっしゃいますか?

最近はきよたかさんが言っていた、、することからあることへ、ハートのままに生きられています。

あの時はピーんとこなかった、きよたかさんの言っていたのはこのことだったのか。。。 

今も教えていただいたことは体が覚えてるんですね。

ここにあるだけでいいのに、なんでなりたいものを質問されるんだろうと思っていましたが、今はハートが感じるままに、好きなことをしていくということが腑に落ちてきました。

 

お世話になったままお礼もできていなかったので、一言お礼を言いたいと思いEメールを書いてみました。

また日本に行く機会があって、瞑 想会に行くことができたらまた参加させてください。その節は本当にお世話になりました。

 

感謝しています。

 

瞑想の功徳

2018年6月2日(土) by キヨタカ

 私が学生時代に、瞑想を志した理由・・・
 
それは「瞑想すれば頭が良くなる」と言う話をとある本で読んだから・・・(^_^;)
 
 
『瞑想とは「今・ここ」に在ることで、結果を求めてはいけない!』
 
と言う事は良く理解していた筈だけれども、そう言われていたにも関わらず瞑想の功徳はずっと追い求めていた。
 
瞑想すれば、頭が良くなる。
 
病気が治り健康になる。
 
異性にモテるようになる。
 
金運が上がりお金持ちになる。
 
etc、etc・・・
 
 
あれから数十年の時が過ぎ、そろそろ瞑想の功徳を客観的に総括できる年齢となった。
 
そこで、自分の瞑想人生を振り返ってみたのだが・・・
 
結局のところ瞑想しても相変わらず頭は良くならず、病気もするし、異性にはモテず、とてもお金持ちとは言えないままだ。
 
 
しかしながら、絶対的な功徳が一つある(* ̄0 ̄)ノ
 
それは『幸せになる』と言うことだ。
 
瞑想すれば、病気は治らないかもしれないが、『幸せな病人』になる。
 
お金持ちにはならないかもしれないが、『幸せな貧乏人』になる。
 
恋人はいなくても、『幸せな独り者』になる。
 
 
私の友人で、
 
「何もしないで起こるに任せる」
 
と言う教えを徹底して実行し・・・
 
結果的にホームレスになった人がいる。
 
しかし彼は、それでも何もしないツワモノだった。
 
するとまもなく某聖職者と偶然に出逢い、
 
「あなたみたいに幸せなホームレスにお会いしたのは初めて(*^-^)」
 
と感動を与え、それが縁で素晴らしい住居と仕事をゲットした。
 
 
結局のところ、あるがままの状態の自分を受け入れて、それに感謝して、喜びに満ちている事が先決なのだろう。
 
『今・ここ』が幸せなら、その幸せはずっと続く。
 
なぜなら、『今・ここ』は永遠に存在しているからだ。
 
そう言う人に、運命の女神は微笑まざるを得まい。

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