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新宿イベントの感想

2017年4月16日(日) by キヨタカ

 新宿のナイトイベント&ワンデーイベントが無事終了。
 
リーラスペースの瞑想会では、『プレゼンス→ビーイング→ハート』と瞑想の3つの次元を順を追って体験的に理解できるようにリードしている。
 
おかげさまで、「長年曖昧だった瞑想を、初めて体験的に理解できました!」と感謝されることも多い。
 
そうした参加者の輝く様子が嬉しくて、瞑想を長年シェアし続ける動機になっている。
 
しかしながら、ナイトイベントという短い時間では、どうしてもハートの覚醒までは及ばずに時間切れになってしまう。
 
 
そこで今回は、いきなりハートの次元にアプローチする方法を取った。
 
言うなれば、『いきなり最終回(名作マンガの最終回ばかりを掲載)』の瞑想版だ
 
しかし結果的には、残念ながら参加者の体験が追いつかず、ハートの次元も不完全燃焼気味になってしまった。
 
翌日のワンデー瞑想会では、プレゼンスの基本からアプローチする事で、とてもスムーズな瞑想会となった。
 
今回の連続瞑想会を通して、プレゼスからスタートする従来の方法が一番良いということがあらためて確認出来て良かった。
 
しかしナイトイベントに初めて参加された方にとっては、少し気の毒だったかな〜と思っていたのだが・・・
 
初めて参加されたYさんから、素敵な感想を頂いて、少しホッとしている。
 
次回は初心に帰って、基本的な瞑想をたっぷり行いますので、ぜひまた参加して下さい!
 
* * Yさんの感想 * *

こんばんは、Yです。
 
昨日の瞑想イベント、ありがとうございましたm(__)m。

色々教えて頂いて、とても充実した時間を過ごすことができました。

今回、キヨタカさんの瞑想会に参加したのも初めてでしたが、
僕はこれまでほとんど独学で瞑想をしていたので、
外部の瞑想会に参加したのもほぼ初めてですし、
サニヤシンの方に実際に会ったのも、
クンダリーニ瞑想や笑い/泣きの瞑想のように
座る以外の瞑想をしたのも初めてでした。

初めてでしたが、オープンな感じの皆さんと一緒にやっていたせいか、
あまり緊張することもなく、自然に動いたり、笑ったり、泣いたり、
(そしてもちろん座ったり)することができました。

キヨタカさんが何気なく話していたことからも多く、気がつくところがありました。
 
例えば、背骨を真っ直ぐにすることについて、
僕はエネルギーが通りやすくするようにと思っていましたが、
 
もちろんそれもあるでしょうが、
"今"を意識することにつながっているのだと良い気付きになりました。

”今に在る”ということを強く意識するようにしているのですが、
これまでは、マインドで”今”ということを意識して(「今に在る」という想念を作って)行っていましたが、
背筋をピンと伸ばすだけで、マインドを介在せず、すぐに”今に在る”状態に
持っていけるのだと、気がつきました。

ハートの瞑想、笑ったり、泣いたりした後に、
これまでにないくらい深く、大きくハートを感じることができた気がします。
 
キヨタカさんのリードが素晴らしかったです。

しかし、より奥深くに本当の自分につながる何かがあるのは感じるのですが、
僕のハートは堅くて、より広く、深くになかなか辿りつけない感じでした
(ある程度を超えて深く感じることがなかなかできない)。
 
なかなか手ごわいなと思いました。

今回、参加できてとても良かったです。
 
何より、ずっと本で読ませて頂いていたキヨタカさんと一緒に座れたのが感激でした(^^)。

また、都合が合う時に参加させて頂きたいと思います。
 
よろしくお願いいたします。

ありがとうございました。

瞑想技法の数

2017年3月25日(土)by キヨタカ

究極の真理は、一つでありワンネス。
 
そこへ至る道が瞑想であり、古今東西に渡り沢山の瞑想技法がある。
 
富士山の頂上を真理に例えると・・・
 
頂上は一つだが、そこへたどり着くルート(道)は沢山あるという事か。
 
 
富士山の場合、4大ルートが知られているが、瞑想の場合どのくらいのルートがあるのだろうか?
 
OSHOに言わせると、112だと言う。
 
インドの神話に登場するシヴァが説いたと言う112の瞑想技法がそれ。
 
 
日本でも、我が道友のパルバ氏が訳した10冊のシリーズ本(ヴィギャン・ヴァイラブ・タントラ)が発行されており、読んだ方も多いだろう。
 
もちろん私も読んだ。
 
瞑想の歴史に燦然と輝く名著であり、OSHOの多数の講話録の中でも、最も重要なものと言っても過言ではない。
 
しかし、残念ながらとても微妙で技法とは言い難いような技法があまりに多すぎて、理解と同時に混乱が生じた事も事実。
 
さらに本を読んでも瞑想が進むわけではないことから、ずっと112の瞑想技法からは遠ざかっていたのだが・・・
 
最近、たままたOSHOの講話テープを無料ダウンロード してこのシリーズを聞いたところ、とても面白くてハマってしまった。
 
何が面白いかと言うと・・・
 
リーラスペースのアプローチである、瞑想の3つの次元(プレゼンス・ビーイング・ハート)を踏まえると、112もの瞑想技法がとてもシンプルに理解できるからである。
 
 
つまりこう言う事だ。
 
古今東西の瞑想技法を集約すると→112の瞑想技法
 
112の瞑想技法を集約すると→プレゼンス・ビーイング・ハート
 
プレゼンス・ビーイング・ハートを集約すると→「これ」
 
「これ」→ワンネス→真実
 
と言う事だ。
 
これを体験的に理解したい方は、是非とも瞑想会に参加して下さい!!

サンサーラ

2017年3月24日(金) by キヨタカ

インドでは、輪廻転成するこの現実世界をサンサーラと言う。
 
真実世界は隠されている。
 
その現れだけを、我々は体験している。
 
だから、この世界は単なる現世(うつしよ)に過ぎないと言う。
 
真実に目覚めよ!
 
されば 、この世界はたちどころにリーラ(神の遊び場)へと変化するであろう!!
 
 
歴代の覚者方が一様に語る言葉に、反論の余地はない。
 
だから真実に目覚める事が最優先事項なのだが・・・
 
 
春にならないと桜が咲かないように、誰の人生にもそれぞれに定められた時節と言うものがある。
 
真冬に花を咲かせようと頑張っても、それは所詮無理。
 
だとしたら・・・
 
 
やがて訪れる内側の春を信じて、サンサーラを満喫するのも悪くない。
 
サンサーラから逃げず、それを心ゆくまで味わい尽くす事で・・・
 
サンサーラからリーラへと、シフトが起こるかもしれない。
 
 
冬を楽しれば、春も満喫出来る。
 
冬を避けようと頑張ると、春は永遠に訪れない。
 
頑張ると言う行為そのものが、精神世界の冬なのだから。
 

錨を下ろす

2017年3月22日(水) by キヨタカ

鴨長明は言う。

行く川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。

よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 

仕事も天命も、お金も趣味も、妻や夫や恋人も、地位や名誉や知識や・・・etc、

この肉体も、思考も、感情もまたかくの如しであるならば・・・

そんなところに根を生やしても、いつか必ず根こそぎ流されてしまう事は言うまでもない。

 

しかしたった一つだけ、動かないもの、不動のものがある。

それを発見するのが、瞑想だと言える。

そこに根を下ろしさえすれば、決して流される事がない。

『不動』の境地の誕生だ!

この世が天国となるか地獄となるかは、ひとえにあなたが何処に根を下ろすかで決まると言っても過言ではない。

どうせ根を下ろすなら、不動のものが良い事は誰の目にも明らかだ。

 

しかし、この不動のものは現象世界の背後にあるものだから、手の付けようもなく名前もつけられない。

「始まりがあり終わりがある世界」には無いものだから、見つけるのは簡単では無い。

だから、OSHOは、『これ』だよ『これ』 と、千回も語っているけれど・・・

対象物ならともかく、「無いもの」を見つけるのだから・・・

どうりで、言われただけではなかなか見つからない訳だ( ̄Д ̄;;

 

私が最初に『これ』を一瞥したのは、21歳の時。

それからず〜っと、『これ』を思い出しては忘れ去り・・・を何度も何度も繰り返す作業を続けた結果・・・

今では、いつでも『これ』に根っこを下ろせるようになった(*^-^)

だから、最近はいつでもどこでも『不動の境地』でいられる(* ̄0 ̄)ノ

 

・・・はずなのだが、そうは問屋が卸さない。

毎月実家に帰って一週間年老いた母親と暮らすのだが・・・

母親から・・・

「若いんだから、もっと肉を食べなさい!」

とか

「お前がまともな職業について安心してから死にたい!」

とか言われるたびに、感情が期せずして揺らいでしまう(ノд・。)

 

先日のリトリート後の夕食の時・・・

「・・・そういう訳で、揺らがない本物の不動の境地には程遠いんだ゚゚(´O`)°゚」

とリトリートスタッフのMさんに泣き言を言った所・・・

 

M:「キヨタカさん、揺らいでもいいんですよ(*^-^)

キ:「え!? 揺らいだら不動じゃないでしょ??」

M:「でもキヨタカさん、いつだって『これ』を知ってるでしょ?」

キ:「知っている・・・にも関わらず揺らぐ」

M:「『これ』に根を下ろすって、いつもキヨタカさんがリトリート言ってるじゃないですか?」

キ;「私の十八番(オハコ)だ・・・にも関わらず揺らぐ(。>0<。)

M:「だから〜、根を下ろすって、船が港で錨を下ろすようなもんです。」

 ・・・

キ:「なるほどflair

錨を下ろせば船は動かない!」

M:「相変わらず船は揺らぐけど、船は決して動かない」

キ:「不動のものに錨を下ろしさえすれば、私は揺らいでいいんだ!」

 

Mさん、ありがとう😊

これで次回は、喜怒哀楽を表に出しながら心ゆくまで親の顔を拝めそうヽ(´▽`)/

真実を求める人へ開かれた場

2017年3月21日(火)by kiyotaka

3月の3デーズリトリートが無事終了。
 
今回は参加者が少なかったお陰で(^_^;)、思い切ったリードが出来た♫
 
私にとって思い切ったリードとは、『何もしないでただ在る』というスペースをもたらす事。
 
 
瞑想とは、『する』ことから『在る』ことへの橋渡しだ。
 
だから『何もしないでただ在る』とは、瞑想の究極!
 
禅で言う『只管打坐悟(しかんたざ)』つまり『、悟りを求めたり想念をはたらかすことなく,ひたすら座禅すること』とは、まさにこの事を意味する。
 
道元は、これを持って禅の最高の境地とまで言わしめている。
 
 
『何もしないでただ在る』なんて、とても簡単と思うだろうが、実際にそれが起こるのはとてつもなく難しい。
 
そもそも通常の意識下で「何もしない」と決めると、「何もしないことをする」ことになってしまう。
 
マインドでは絶対に体験不可能な世界。
 
つまり『隻手音声』(片手で叩く無音の音をきく)とか、『父母未生以前の本来の面目』(両親が生まれる以前の本当のあなた)』と同じく禅問答そのものなのだ。
 
 
マインドは、絶えず何かをしている。
 
『何もしないでただ在る』とは、マインドにとり苦痛以外の何物でもない。
 
だから、何もしない状態を避けるべく、テレビを見たり映画を見たりおしゃべりしたり、食べたり飲んだり・・・etc.
 
その状況から逃れるべく、ありとあらゆる事をし続ける。
 
例え外側の世界ですることを止めて、内側にシフトしても・・・
 
瞑想したりマントラを唱えたりお祈りしたり等々、何もしない苦痛から避け続けていることに変わりはない。
 
せいぜい眠る事くらいだが、眠っていても、夢の中でさらに忙しく奔走し続けてている(ρ_;)
 
 
しかし瞑想修行という特異なフィールドで、ひたすら『何もしないでただ在る』ことに徹していると・・・
 
苦痛が増幅して、全身が悲鳴をあげそうになる。
 
それでもなおかつ徹底して、ひたすら何年も座り座り座り続ける事で、ごく一部の幸運な修行者のみが・・・
 
かつては『心身脱落』の境地に達して、ビーイングの無上の至福を味わう恩恵に預かった。
 
しかし悟りを開いた覚者の名前のみが歴史に残るその陰で、志半ばで散ったその他大勢の凡庸だが誠実な探求者の苦痛はいかばかりのものであったか・・・彼らを思うと胸が痛い。
 
 
こんな禅寺式の厳しい瞑想修行は時代錯誤であり、今の時代に合わない。
 
もっと自然に楽しく、存在の喜びに至る道はないものか?
 
長い探求の果てに、ようやくその答えが見つかった。
 
神聖な次元のハートの扉を開ける事で、不可能が容易に可能となる。
 
それこそが『恩寵の扉が開く」という事だ。
 
そしてその扉を開いて、存在の喜びを体験的に理解できる場を提供しているのがリーラスペースのリトリートなのだ。
 
 
リーラスペースのリトリートが、他で提供されているリトリートと何が違うのか?
 
その決定的な違いを、今回は明確に確認する事が出来た。
 
残念ながら、いくらこちらに分かち合う用意ができても、その価値を知り受け取りたいというニーズが生まれないと、シェアリングは起こらない。
 
これからも、リーラスペースのリトリートは、ごくごく少数の人々のためのニーズに応えるものとなるだろう。
 
もっとホームページをまともなものにしたり、本を書いたりメールマガジンを発行して、積極的に宣伝活動すべきと、友人達はアドヴァイスしてくれるけど・・・
 
今は、どうしてもその気になれない。
 
それよりも、 たった一人でもいいから、本当に真実を求めている人に開かれた場でありたいと、切に願っている。
 
そして、それに徹しようという覚悟が定まった、私にとって記念すべきリトリートとなった。
 
次回のリトリートは、5月3〜5日(2泊3日)を予定しています。
 
 もしあなたに乾きがあれば、必ず潤いがもたらされるリトリートとなるでしょう!

天から遣わされた戦士かも〜瞑想会の感想〜

2017年2月7日(火) by キヨタカ

先日の、ワンデー瞑想会に参加されたRさんから、感想のメールを頂いた。
 
今回は参加者が少なかったために、個人のニーズに合わせたとてもユニークな瞑想会になった。
 
しかし、そのせいもありRさんの感想を載せても今回の瞑想会の素晴らしさは上手く伝わらないかも。
 
けれども、Rさんにとって必要な理解が起こった事がとても嬉しい。
 
そこで、敢えて誤解を恐れずに、感想を転載させて頂きます。
 
 
人の魂はそれぞれとてもユニークで唯一のかけがえのない貴重なもの。
 
以前は悟った魂だけが素晴らくて、それ以外は凡庸な魂と思い込んでいた。
 
しかし特別の人だけが素晴らしい魂を持っているというのは、とんでもない誤解だと最近は痛感している。
 
 
ところが、他人の魂の素晴らしさは良くわかっても…
 
いざ自分の魂となると、生まれた時からそうであるが故に、それがいかに素晴らしいかを知る事は難しい。
 
ちょうど、水や空気の有り難さをなかなか気づけないのと同じ理屈で、実に残念な事だ。
 
 
青春時代に「ナンパ道」に命を捧げていたRさんもまたその一人。
 
ご本人は、何か恥ずべきもののように過去を語っておられた。
 
しかし彼のユニークな体験の中には、OSHOやアジズやフーマンでも救われなかった人々を大勢救える程の叡智が隠されている。
 
どうぞ、 天から遣わされた戦士として、「人類滅亡」をくい止めるワークに果敢に挑んでいって下さい!
 
応援しています(* ̄0 ̄)ノ
 
… Rさんの感想…

今回のワンデーイベントは少人数で始まりました。
 
「恩寵の扉が開くまで」では、キヨタカがフーマンのセッションを
受けている様子が書かれていますが、そんな感じに近いかもしれません。
 
今回久しぶりに参加したのには理由がありました。
 
 
昨年の暮れごろに心臓に異常が見つかり「心臓弁膜症」と診断され、
現在血圧を下げる薬を飲んでいるのです。
 
この病気に治療薬はなく、これ以上悪くならないように血圧を下げる事しか
出来ないと言うのが医師の意見でした。
 
キヨタカさんは自身の病気に瞑想で対応した経験を語られ、
「血圧を下げるくらいすぐに出来ますよ。」と言って
「アティーシャのハート瞑想」を教えてくれました。
 
また、「病気の自分を手放して健康な自分を選択する方法」を熱心に語ってくれました。
 
それは「気づき、ビーイング、ハート」という、僕が長年取り組んできた瞑想の中にありました。
 
「ビーイングに入って行き、帰る時健康な自分を選択する」という事だと僕は理解しました。
 
この方法で運命は変えられるかもしれないのです。
 
 
最期に天命の話になり、なんと僕の天命は「ナンパ」だと言うことになり
大いに話が盛り上がりました。
 
若い頃、若気の至りで「ナンパ道」に青春をかけていました。
 
その体験をもとに数か月前サイトを立ち上げたのです。
 
…(略)…
 
「中年男が若い娘をナンパする指南書」という瞑想とは真逆のジャンルなので
見る事をお勧めしません。(ちなみにほぼフィクションです。)
 
フーマンは「恩寵の扉を開くまでⅠ」でセックスエネルギーについてこう語っています。
 
神があなたに与えた、たくさんのエネルギーはいったい何のためだろうか?
 
それには理由がある。
 
その一つは、それをもっと使いなさい!
 
それをもっと楽しみなさい!という事だ。--126--
 
 
最近の若者には、2次元の女性にしか興味を示さない男達がいるそうです。
 
2次元とは紙の世界、写真、アニメの世界の事です。
 
「男が女の尻を追いかけなくなったら、人類は滅亡する」と若い頃マジで思っていました。
 
僕は「人類滅亡」をくい止める為、天から遣わされた戦士なのかもしれません…。f(^_^;

新宿イベント終了

2017年2月5日(日) by キヨタカ

 新宿ワンデー&ナイトイベトを無事終了。
 
今回のワンデーイベントは、会議室で行った為、通常とは全く違ったスタイル。
 
参加者が少なかったせいもあり、臨機応変でとても親密な瞑想会となり、個人的にとても楽しく貴重で、おそらく一生忘れられないイベントとなった。
 
プライバシーの事もありシェアできないのが残念だが、またこのような機会を設けてみたい。
 
 
ナイトイベントは、従来の和室を使う事が出来た。
 
長年ここで瞑想を行なっているせいもあり、本格的な瞑想の場が出来上がっていて、
とても瞑想に入りやすい。
 
やはり新宿瞑想会は、この和室を使うようにしたい。
 
ナイトイベントに初めて参加されたAさんから、早速感想のメールをいただいた。
 
ぜひまた参加して下さい!
 
本日は誠にありがとうございました。
非常に貴重な体験となりまいした。

特に5分の笑いと5分の泣きの後の沈黙の瞑想。

ハートの裏側にある沈黙の領域には、
何もないと思ったのですがすべてがありました。

そのすべてとは私という「存在」であり、
その存在は何を主張する事もなく「ただ在る」という風に感じました。
非常に重要な沈黙だったように思います。

また、自分の存在と自分以外の存在の境界線を定めているのは
自分の男性性だという事にも気付きがありました。
 
「解放」を使って存在の「明け渡し」を行えば、
周囲の波動と簡単にチューニングできました。
 
 
本日は貴重な体験、ありがとうございました。
 
またよろしくお願いいたします。

by A

瞑想会

2017年2月2日(木) by キヨタカ

 先日浜松ナイト・イベントに参加されたTさんからコメントを頂きました。
 
遅くなりましたが、アップします。
 
浜松瞑想会に参加した一人です。
気づきの主体にくつろいで、
ハートが開かれて、
恩寵の光に包まれるように、
瞑想を継続する励みとして、
また、参加したいと思います。
 
Tさん、参加して頂きありがとうございます。
 
今回は、会場の都合であまりダイナミックな瞑想は行えませんでした。
 
次回の浜松ナイト・イベントは、2月24日(金)に新たな会場にて開催します。
 
ぜひまた参加して下さい!
 
PS 新宿でも、2月4日(土)にワンデーナイトイベントがあります!

浜松瞑想会

2017年1月27日(土) by キヨタカ

 
瞑想会に参加しようと思えど・・・
 
 瞑想会場はあまりにも遠し(ρ_;)
 
と嘆いているあなたに、朗報かも?
 
 
突然ですが・・・
 
このたび縁あって、浜松(静岡県)で瞑想会を開催することになりました。
 
数名でも参加される方がおられるようでしたら、定期的に開催しようと思います。
 
浜松付近にお住いの方は、是非ともご参集願います(* ̄0 ̄)ノ
 
会場は浜松駅からバスで5〜6分と、便利な場所です。
 
 
日時 :1月27日(土) 午後7時〜9時15分
 
会場:東部協働センター 2F和室
 
 
また新潟や神奈川でも、私の友人が瞑想会を企画しています。
 
決まり次第、リーラホームページやこのブログでも紹介します。
 
継続は力なり!
 
瞑想を友として、魂の望む楽しく愛に溢れた創造的な人生を歩みましょう!!

満たされた空

2016年12月14日(水) by キヨタカ

 先ほど、満月の瞑想を終了。
 
すごく、満たされている。
 
 
満たされていると、『欲しい』ものがなくなる。
 
本当に必要なものは、たった今・ここで、すべて与えられている。
 
 
足りないと感じると、マインドは忙しくなる。
 
満たされたと感じると、マインドは空になる。
 
 
空とは、空虚ではなく、別次元のエネルギーで満たされた状態の事。
 
全ては、上手く行っている。

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