すべてはあるがまま

2017年10月16日(月) 雨 
 

昨日実家の名古屋から戻りました。 
 
実家で父と過ごすのは楽しくもあり、同時に家事を含め病院やお役所関係の雑事などすることが一杯で、
帰る頃にはそこそこ疲れたりもしています。 

 
伊豆に帰る日の朝歯磨きをしていたら、
洗面台の鏡に映る自分の髪に一筋の白髪が光の加減で輝いて見えてきれいだな〜…と感じました。 
 
すると唐突なんですけど、 
なんだか「銀メダル」をもらったみたいに思えて・・・ 
 
どこからか「よくやったね」と褒められた気がした...
(  ̄▽ ; ) 
 
こんな風に人生という
旅の後半を過ぎ、やがて卒業すると、やっと「金メダル」をもらえるのかな〜なんて思ったり。。 
 
こんなことを思うなんて、今回は実家に来る前に母に会って来たせいかもしれない。 
 
母の髪はまっ白になっていて、あ、でもまだ少し黒いのも混ざっていたかな? 
 
またひと回り小さくなった気がするその姿を、消しゴムみたいだなあ〜と思ったのでした。 
 
使って、使って、身を削りながら小さくなっていく消しゴム。 
 
最後はなにもなくなってしまうのだけど、 
この世の誰ひとり気づかなくても、 
大海に砂粒を投げ入れたくらいの 
小さな 小さな 小さな波紋を残して人はいくんだろうな。 
 
それがまた最後に目にした、雑多に交錯する人で混み合う駅まで見送ってくれた父の後姿が、人の波の中に飲まれていく様とリンクして、私の中に深〜い感覚として長く留まっています。 
 
今回、通院をサボっていた父を
病院へ連れて行き白骨温泉に行きました。 
 
標高が1400メートルの秘湯なので紅葉を楽しむことができました。 

 
Img_1611_2 
部屋から見えた 
 別の旅館 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
Img_1603 
角部屋だったので 
 別の窓はこんな景色 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
Img_1622 
チェックアウトして 
 バス停付近 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
Img_1626 手入れのされていない 
 小さなお社 
 小高い場所にありました 
 
 
 
 
 

 
 人、紅葉、お社、、 
 すべては個人の意図を超えて 
 変わり続ける 
 
 
戦わなければ、 
すべては完璧な円環を成してるようです。

 

 


変わる、映し出す

2017年9月13日(水)晴れ時々曇り 

 
P1010001 富士山を 
 撮りたくなるのは 
 
 キッチンで 
 夕ご飯を作っているとき
 
 いつも同じ場所で 
 撮っているけど 
 飽きることはありません
 
 
 
 
 
 
 
P1010017 ひとしきり撮り終えて 
 再びキッチンに立ち 
 ふと窓をみると 
 外はばら色
 
 
 
 
 
 
P1010019 世界のすべてが 
 変わった・・・ 
 そんな感覚
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
P1010027 
 
 
 
 
  
 私もきっと 
 同じではないんだろうな 

 


雨のあとの富士山

2017年9月12日(火) 雨のち曇り 

 
P1010008_3  雨あがりの 
 富士山 
 
 
 
 
 
 整った姿を目にすると 
 自分も整う気がする不思議
 

プチ伊豆ドライブ

2017年9月8日(金) 晴れ時々曇りのち雨 
 
久しぶりに遊びに来たPちゃんはインスタグラムにハマってました。 
 
伊豆や修善寺らしい写真を撮りたいとのことなので、キヨタカと3人で白浜海岸と修禅寺に行ってきました。 
 

 
Photo_9  
見晴らしのいい  

 尾ヶ崎ウィング
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Photo_3 
空と海の狭間で 
 溶け込むキヨタカ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Photo_4
 インスタ中 
 Pちゃん 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Photo_5 
鳥居の前で 
 ダンシング? 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Photo_6 修禅寺 
 羅漢像かな? 
 
 虎を 
 手なずけるてるっぽい 
 
 どっちも良い表情 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Photo_7 
どや顔と 
 巻き毛が 
 いい感じ catface 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Photo_8 蓮 
 
 
 
 
 
 
 
 
 近くに住んでいると 
 わざわざ訪れようと 
 思わないけど 
 
 久しぶりに来てみると 
 新鮮な出逢いが 
 あったりします 
 

 

見えない法則

2017年4月12日(水) 曇り 
 
今朝引いたオラクルカード。 
 
O 
 「
至高の喜び」 
 
 今日は喜びの日です! 
 
 散歩に出かけましょう。 
 鳥の美しい声に耳を傾け 
 子猫の頭をなで 
 犬と戯れ 
 赤ちゃんを見つめ 
 人生に畏敬の念を持ちましょう 
 
 そうすれば 
 真の至福の感覚へ 
 連れて行ってくれるでしょう。 
 
 
先日、父への「元気でね」という言葉の中に「祈り」を感じましたと書きました。 
 
今日のカードで、より高い至福、喜び、神聖さといったものへの入口は、日常の中にちりばめられている.... と改めて思いました。 
 
そういえば以前、こんなことを語った瞑想リーダーがいました。 
 
「100円を喜べなければ1万円は入ってこない」と。 
 
異なる分野と思えることの中にも、ひとつの法則のようなものが働いているのでしょうね。
 


富士と桜

2017年4月10日(月) 曇り 
 
長い雨も過ぎやっと富士山が現れました fuji 

P1010044 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 この季節
 つくづくこの国に生まれて 
 よかったなあと思います
^^ 
 

揺れる桜と

2017年4月9日(日) 雨 
 

桜が美しい季節ですね cherryblossom 
 
あいにくの雨といいたいところですが、
しっとりした淡いピンクと黒茶色の枝、背景の初々しい若葉のコントラストがいい感じです。(^-^) 
 
P1010026 風雨に揺れる花と一緒に 
 自分も揺れてるみたいです
 

 
 
 
 
 
 

 

 


P1010024_3 
 
 
 
 
 
 一緒に全身ピンクに 
 染まってる感じ
heart01  

日常の中の祈りの種

2017年4月2日(日) 曇り  
 
最近は自分も人生の半ばを過ぎ、高齢者と接する機会が多いので、自然といろんなことを考えさせられます。
( ̄⌒ ̄; ) 
 
私の母はよく「悪いねー
sweat01」と言います。  

体が不自由で周囲の人の手を煩わせるのが申し訳ないということなのでしょうけど、毎回毎回言われ続けるとちょっと重たく感じます。 
 
そこで、「悪いね」は1回で十分だから、あとの悪いねは「ありがとう」に替えたら?と提案しました。 

 
「ありがとう」という言葉はいつ誰に言われてもうれしいものです。 
ありがとうの一言で、少しくらいの疲れなら吹き飛んで、もうちょっとだけがんばれそうな気がしますから。 
 
じつは自分が子供のころ、父から「ありがとう」を言われた記憶がありません。 
 
孫が出来、さらに歳をとってひ孫ができ、少しずつ角がとれていった父ですが、初めて幼い孫たちに向け「ありがとね」と言う父を見て、不思議な感じを覚えたのを思い出します。 
 
父、ありがとうって言えるんだっ!Σ( ̄□ ̄; )! 
 

みたいな。。 
 
そして、その頃から時は流れ、歳をとった親たちを
誘い旅行に行ったり、母が腰を痛めて家を出て一人暮らしの父の元を訪れるたびに、私への「ありがとう」も増えました。 

 
それを初めて聞いたころ、 
 
「お父さんがありがとうって言ったよっ!」と
姉にメールしたら、 
 
「うそっ!ほんとにっ!?
( ̄◇ ̄;) !! 」と返事がきたんでしたっけ。。  

この「ありがとう」という言葉、子供の頃にあまり聞けなかったからこそ、今その言葉の持つ優しさや力、意味が深く感じられる気がします。だから今はこの家庭に生まれてきてよかったと思えます。 

 
今回も別れ際、父の「ありがとう」の言葉を聞き、「本当に体に気をつけて<元気でね> 」と言って別れてきました。 
 
その時の「ありがとう」と「元気でね」の感覚の余韻
を胸に車窓の景色を眺めていたら、「元気でね」は「祈り」なんだと気づきました。 

 
リトリートでは神聖な次元や聖なる母に、別な宗教では世界人類の平和に祈ったりしますが、その祈りと同じ質を日常の些細な会話の中に見出せたことに驚きととも喜びを感じました。 
 
心からの「ありがとう」や「元気でね」は祈りの種なのだと思います。 
 
 
相手のすべてを肯定できる 
 
(正しいからでなく) 
 
 
今の自分をありのまま受け入れられる 
 
(よいことをしたからではなく) 

 
 
目の前の相手と繋がれる 
 
(そうしようとしなくても) 
 
 
祈りは起こる 
 
・・・広がる 
 
自分も広がる 

 
 
偉大なこと、神聖なこと、遥か遠く.... と思っていたものは、周囲の小さなことの中に隠れていた。 
 
そんな発見が今回もありました。 
 

父の持ち味なんです

2017年4月1日(土) 雨  
 
今日から4月ですね
cherryblossom 

 
昨日名古屋から戻りました。 
 
やはり行けばいろいろと感じることの多い実家ですが、こうして通うことは今の自分にとっては必要でありいいことのようです。 
 
今回も父がいろんな面でいい味?を出していました。 
 
 
ヘルパーさん曰く、 
 
私が来ると布団やパジャマが干してあって、よくやってみえますよ。 
おみそ汁も作られている様ですしね♪
^^ 
 
とお褒めの言葉を受けました。。 
 

この日もヘルパーさんが買い物に行ってくれて一通りの仕事終え、父のいるコタツで今日の作業と父の様子を記録して、最後にハンコをもらっていたのですが、、 
 
父はすでに首から市営交通の敬老パスを下げ、上着もはおってでかける気満々の様子。 
 
いつものんびりな父が「珍しいなあ・・・」と思っていたのですが、ヘルパーさんが帰った途端その理由が判明。 
 
いそいそと玄関に向かう父の手には、たった今ヘルパーさんが買ってきた温かい焼き芋 heart02 が握られていました。
 
 
よがび:えっ!? 焼き芋、持って行くの? ( ̄◇ ̄;) エッ? 
 

父:バス停に着くまでにちょうど食えるんだ・・・( ̄ー ̄)  
 
 

よがび:(だから早く出掛けたかったんだ・・・ 
     温かいうちに食べたかったわけね
^^; ) 
 
    じゃ、行ってらっしゃ・・・ 
 
    あれ? お父さん、サングラスは??(・・?) 
 
 
父:・・・忘れた、、いも持ったから・・・
( ̄⊥ ̄; )  
 
 
よがび:(コタツの上からサングラスを持ってきて) 
 
    はい、行ってらっしゃいっ! 
 
 
父:うん。。(バタン!) 
 
 
で、続きの掃除をしていたら、また玄関の扉が開いた様子。  
 
 
よがび:あれ? どうしたの??
(・・?) 
 
 
父:間違えて草履を履いとった・・・(靴に履き替えながら)
 
  こうやっていつもバスに乗遅れるんだ。。( ̄⊥ ̄; )  
 
 
よがび:ははは・・・ 
 
    じゃ、気を
つけてね〜 (; ̄∇ ̄)ノ 
 
 
という一幕。 
 
いや、ほんと楽しませてくれます。。 
 
 
じつは私も外で食べたり飲んだりするのは好きなのですが、母や姉は行儀が悪いと嫌っていました。 
 
世間の常識があったり、人それぞれの常識があったり、なにが正しいかで議論するより楽しさを選びたいと思う私は、父と同じ異端者なのかな〜?
^^; 
 

ランタン片手に行ってきます

2017年3月28日(火) 晴れ by ヨガビジャ 
 

これから名古屋の実家に行ってきます。train 

行ってしまえば父とそこそこ楽しい時間を過ごし「来月も来ようっ♪」と思うのですが、行く前のこのグダグダ感はなんなんでしょう。。  
 
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隠者のカード 

 
  
 
 
 
 
 
  
 自分のこの毎度の感覚、 
 気づくべきなにかがありそうです
^^;  
 

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