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2016年7月

ハーフリトリート

2016年7月31日(日) 晴れ by ヨガビジャ  
 
昨日まで5日間ほど名古屋へ行ってきました。 

私が家に到着すると父は昼ご飯の食器を洗っていました。 
部屋はきちんと片付いています。 
ただ、頑なにエアコンを使わないため父の部屋は暑く、毎年恒例の 

ステテコ&ランニング姿。( ̄⊥ ̄) マイドー 

少々アイスを食べ過ぎてるのか、前回よりお腹にお肉がついたような。。 
 
でもまあ、元気そうだからそれはよしとして、、
 
よがび:今回どこか行きたいとこある?
(・・?) 

    バスか電車だけどね。。 

父:空港(セントレア)に風呂入りに行くか…?( ̄⊥ ̄) 

ということで、名鉄特急に乗ってお風呂に入ってきました。 
 
私は女湯に入ってから、そういえば父にとっては久しぶりの1人で入る外風呂だし、ロッカーとか使えるのかな? 
いつかは露天風呂に入ったら中に戻れなくなって、外から手を振って
義兄に中に入れてもらったと聞いたし…( ̄- ̄; )と,私は不安を感じながら湯船に浸かっていましたが、お風呂を出て待合わせ場所に行ったらちゃんとそこにいました。
 

*** 

いつも私は
家で家事をするだけの滞在でしたが、こうして外に出るのは自分にとっても父にとってもいいことのように感じて、今回は父に声をかけてみました。 
そのせいで掃除は十分にできなかったけど、いつもとは少し違った名古屋だったような気がします。 
 
で、ふと思ったんです。 
これって、ハーフリトリートみたいだな…って。 
フーマンに出逢ってからそのサジェスチョンに従い、何度かソロリトリートを行いました。自然の豊かな場所で人や日常生活から離れ、祈り、瞑想、浄化に捧げる数日間。 
それはそれとして素晴らしい経験をでしたが、日常生活に戻ると
それは徐々に失われていきました。だから、またしばらくしたらリトリートに入って…と繰り返していたのですが。 

*** 
本来リトリートとは、隠遁や退却を意味する言葉です。

今回私は父といて、ある時、自分の中に去来する「お決まりの感情や思考」から一歩引いてみようと思いました。 
そしてそれは内的なリトリート、現実に人と関わっているのですから、ある意味ハーフなリトリートのよう…と感じたのです。 
そうすると、感じる感情も様々な思考もいつもより穏やかです。 
うちはあまり円満とは言いがたい家庭なので、父と過ごしていても母や姉の想いが頭を過ると胸がモヤっとしますが、それもやがて過ぎ去っていきます。 
 
これは単に「気づきを保つ」ということのようにも思えますが、微妙に違うのです。 
父といて気づきを保とうとしたら、私にとってはその感覚はもっとクールなものです。 

この人と関わりながらの内的リトリートは、目の前の相手と繋がることが1番で、同時に自分の中で起ていることを受け入れてそれに巻き込まれない。 
するとよりくつろぎ、ハートの感覚が豊かです。 
その全体を感じながら過ごしていると、自分が常習的な思考や感情から自由でいられる存在であることが思い起こされます。

そう、この日常の中で。 
 
今回たまたま思いついて行ってみたのですが、私にとっては新たな扉を見つけたような感覚でした。 

ソロリトリートが必要な時期もあるでしょう。 
でもその経験が日常と分離したものだとしたら、私の魂はいつまでも満たされないままです。 
 
***

よくキヨタカと話すのですが、子供にとっての家庭は、その後も本人にとっての「世界の原型」になっていると思います。 
そして父は男性、母や姉は女性の原型に。 
家庭が優しいものであれば、その子にとって世界は優しい。 
父親が頼りがいのある人なら、世の男性は頼もしい。 
母親や姉が厳しければ、世の女性たちは厳しい。 
 
成長の過程でそうではない人たちに出逢ったり、そうではない経験もするでしょう。それによりこの原型イメージは多少修正されるかもしれませんが、大人になってもなおこの原型イメージは大きな影響を人生に与えます。(あくまで私の経験と理解です) 
 
生きていくなかでなにか問題があるとすれば、そこには本来の私へと続く扉が隠されているのだと思います。

このハーフリトリートでその扉をひとつ見つけたかも?というお話でした。 
160728_105255_ed_ed_2 

 アイスが溶けまくる父sweat01 ( ̄⊥ ̄;)

 

究極より使える真実

2016年7月23日(土) 曇りのち晴れ by ヨガビジャ 
 
さっきリトリートで使った物を片付けに倉庫に行ったら、いつもながらの雑然とした有様に「段ボールだけでも片付けよう…」という気になり、片付け始めたら、止まらなくなりました。 
 
倉庫は打ちっ放しの
コンクリートなので湿気が籠りやすく、陽の当たらない奥のスペースにあった段ボールにはカビが生えていて、大きなゴミ袋はあっという間に一杯になりました。 

 
このとき頭の中によぎった言葉がこれ。  
 

菩提本(もと)樹(じゅ)無し 
明鏡も亦台に非ず 
本来無一物(ほんらいむいちもつ) 

何れの処にか塵埃(じんあい)を惹かん 

 
六祖慧能の言葉なんですけど、、 
 
うちの倉庫は、塵埃だらけです。。_| ̄|○ 
 
どちらかというと
うちには、慧能と同じく五祖弘忍の下で修業していた神秀の、こちらの言葉の方がしっくりきます。

 
身は是菩提樹 
心は明鏡台の如し 
時時に勤めて払拭(ふっしき)して 
塵埃(じんあい)をして惹(ひ)かしむることなかれ 
 

そう、、
時に勤めて払拭していれば、 
こうはならないよね?
( ̄- ̄; ) 

 
スピリチュアルにも、究極的には慧能の言葉が真実なのでしょうが、時や場合、人によって、真実は違ってくるように感じます。 
 
今の自分の現実に即していない真実は、たとえ究極であっても、役に立たないどころか、害にさえなりうる気がします。 
 
今この時の、自分の真実はなにか? 
 
背伸びしないで、そう問い続けられたなら、いつの日にかその究極が自分の生きた真実となる、、そう感じました。 

小さきもの

2016年7月10日(日) 曇り時々晴れ by ヨガビジャ  
 
 
Img_1135_3  一点の陰りもない
 光より
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_1155_3  暗さを孕んだ
 
光に惹かれる

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
Img_1088_3  深みには
 やすらぎがある
 
 
 
 
 
 
Img_1076_2  曖昧さの中にこそ
 くつろげる
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_1118_2  それでもなお
 
光に乾き 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
Img_1102_2   
 
 
 
 
 
 
 
  
 いのちを灯す 
 小さきもの


 

水の中の世界

2016年7月9日(土) 雨のち曇り by ヨガビジャ  
 
 
Img_1028_3  雨上がり
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_1032_5  丸い世界が
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_1047_2  無数にあった
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_1057_2  撓んで
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_1067_2  伸びて
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_1104_2  静止して
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Img_1144_2  
世界は 
 思ったより 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 柔らかなようです 
 

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