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グラウンドはここ

2017年3月3日(金) 晴れ by ヨガビジャ 
 
 
先日の日誌のコメント欄で、『生、それ自身がグラウンドを用意してくれる』という和尚の言葉が紹介されていました。 

 
ここ数日私のグラウンドは父のことで少々揺れていましたが、その後キヨタカのお母さんも加わり、
キヨタカも巻き込んで「本震」が来たかと思われました。 
(事はさほど深刻でなかったことは後ほど判明) 

 
私が名古屋から戻ってきてから、父に送ったメールに返事(
空メール)が返ってこなくなりました。 

 
最初は単に携帯をチェックし忘れてると思っていたのですが、1週間が過ぎてもまったく音沙汰がないのでさすが気になり、家の電話にかけてみたらちゃんと受話器を取ってくれたものの、どんなに声を張り上げても、、 
  

父:・・・聞こえん
・・・( ̄⊥ ̄) 

 
 
 

ヨガビ:じゃ、お父さんの携帯にかけ直すから、 
 
     
出てねっー!!(*`<´):∴○==-〜 

 
 
 

父:・・・うん・・・ ( ̄⊥ ̄)  
 
 
 

ヨガビ:(聞こえてるんじゃんっ!? Σ( ̄□ ̄; )! )  
 
        ガチャッ!
   
 
  


それで携帯に電話すると、、
 
  


携帯:<電源が入っていないか、 
    電波の届かない場所にありかかりません〜> 

 
 
    通信手段がない・・・ 
_||  
 
 
 

先日の父曰く、 
 
テレビで血圧を下げるのに「柿の葉茶」がいいと言うから探したが 
 
どこにもないんだ・・・
( ̄⊥ ̄; ) 
 
 


と言うから、小山に行く前に送ってあげようとしたのに、受け取り日時を知らせないと発送できなーい! (>_<)   

 
という状態なんです。。
 
(ちゃんと玄関を開けておいてもらわないと 
 宅急便屋さんの「ピンポン♪」が聞こえないかも?だし…)
 
 
だから、今日来てくれるヘルパーさんに携帯を確認してもらう事にして、取りあえずこの件は保留。。 (-_-) =3 
 
 
そしてもうひとつの案件。 
 

数日前、キヨタカのお母さんから
、 
「食中毒で下痢が止まらないから今から病院に行く」と連絡がありました。 
 
食中毒なら施設中が大騒ぎになっているはずだけど、施設スタッフは普段と変わらぬ対応だったのでちょっと変だったんですけど…。 
 
心配するキヨタカが、病院から戻ったタイミングを見計らってお母さんに電話してみると、食事ができないから点滴をしたとのこと。 
 
その声はいつものような張りがなく、その翌日も点滴に行き、それが1日経っても2日経ってもますます弱っているようで、予定より2日早く小山に行くというキヨタカ。 
 
でも、なんか変だな〜と思い、病院に付き添ってくれた介護タクシーの方に様子を聞いてみると、下痢や嘔吐はすでに止まっていて点滴はどうも母の希望で行っている様子。 
 
おそらく、普段から体が丈夫で嘔吐の経験がないせいで、「食べたらまた吐くかも…」という不安が先立っているように感じました。もちろん近くに家族がいないのが一番の不安の原因だと思いますが。 
 
ともあれ、危急を要する事態ではないことが判明し一安心。 
結局1日早く小山に行く事で落ち着きました。
 
 
と、まあ、、  たったこれだけのことですが、 
 
 
人生のグラウンドはよく揺れます。。
(゜ロ\)(/ロ゜)/ ウオウ、サオウ   
 
 
 
自分の中心軸からブレないでいられるかが問われます。 
 
 
そのために必要なのは、揺れない大地に移動するのではなく、その揺れる大地にしっかりと根づくことだと最近はつくづく思います。(
確実に揺れない大地は存在しないようですし)  
 
若い頃は家族という存在から逃げる事で自分を護り保っていられた所もあるけれど、それは同時に人との繋がりや信頼といった成長のための滋養から自分を
遠ざけてもいたかもしれないと思います。 
 
 
健全な成長にはグラウンドが必要だ。 
 
それは生それ自身が差し出してくれる。
 
 
私のグラウンドはここだ。 

 
和尚の言葉に同意します。 
 
 
ここから花を咲かせたい
tulip 

 

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コメント

>若い頃は家族という存在から逃げる事で自分を護り保っていられた所もあるけれど、それは同時に人との繋がりや信頼といった成長のための滋養から自分を遠ざけてもいたかもしれないと思います。 

確かにそういう見方が当てはまる所もあると思います。今、親との絆の結び直しをしてるのかもしれません。

>今、親との絆の結び直しをしてるのかもしれません。 
 
まさに私もそうです。

oshoの「生」「グラウンド」の続きはこうでしたっけ?

『 グラウンドには様々なことが起こる。

そこには、何が正しくて何が間違っているかは存在しない。

ただ 人は試され続ける。。。。。。。。

それをどう受け止めるかを 』

amano nishok さん

すっかり公開が遅れてごめんなさい。(>_<) 
 
私はoshoの「グラウンド」の話は知らなかったのですが
続きはそうだったのでしょうか。。
だとしたら、私も同じように感じます。
なにが正しいとか間違っているとかは
本質的なことではないのでしょうね。


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