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ただ生きること

2017年3月22日(水) 晴れ by ヨガビジャ 
 

今年最初のリトリートを終え後片付けも一段落。 
 
春分も過ぎ、キッチンでストーブの温もりを感じなら眺める窓の景色に心が和みます。 
 
スズメがたくさん来ています。 
ふきのとうも次から次に出てきます。 
モクレンはやっと固いつぼみがほどけて花びらを広げ始めました。 
 
季節が巡るように、リトリートの手伝いに来てくれるスタッフと逢うのも久しぶりのこと。 
 
それぞれがそれぞれの体験を持ち寄り集うことは互いにとって刺激になり、シンクロニシティを感じたりもします。 
 
リトリートの片付けを済ませた夕食後の会話で感じた事があります。 
 
それは、人が迷い苦しみ、その果てに辿り着いた理解と境地は、どんな悟った人の言葉よりも真に迫って伝わるものがあるということ。
 
私は昔から様々な本を読むことで、自分の理解を深めて
迷いの霧を晴らしたり、自分を奮い立たせたりしていました。また、ある時期には和尚の言葉に感銘を受け和尚の本ばかり読み耽ったりもしました。 
 
フーマンのセッションの録音を何度も聞き直し、理解やそのフィーリングを自分の中に浸透させようと努めたこともあります。 
そのときの体験はフーマンのワークを受けた過去や
現在という時空を超えた、とても実存に近いものであったように感じられます。 

 
しかし結局ダイレクトな自己変容というのは、そういった優れた人々の言葉や導きよりも、先に書いた誰かの、あるいは自分自身の迷いや苦しみの果てに辿り着いた場所でより実感できたように思えます。 
 
もちろん決して先駆者たちの言葉が無意味とは思いません。 
 
言葉を受け取るタイミングもあるでしょうが、例えば<自分自身を受け入れる>という、「まさにその通り!」と感銘を受けた言葉や理解だけでは私の場合はなにも変わらなかった。 
 
どんなに時間がかかっても、遠回りどころか後退しているように感じられても、痛みや苦しみの中を
ただ生きることで訪れた「自分はこれでいい…」という境地は決して失われる事がなく、それが変容をもたらすようです。 

スタッフとの会話を通して自分と同じ体験と理解を得た人がいたことで明確になったのは、
 
ただ、実直に、生きればいいということ。
 
そして、このような理解と経験を共有できる人たちといられるのはとても貴重なことだということを改めて
思い起こしました。 

 

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