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問いかけ

2018年6月22日(金) 晴れ 
 

先日の日誌(事件に思うこと)と同じ視点で書かれた、お笑いタレント・カンニング竹山さんの記事を見つけました。

 
彼は「肝心なことが報道されていない」として、問題の
核心をより深く理解することの必要性と、このような事件を繰り返さないために「なにができるか」を個々人に問いかけ、そこにマスコミ本来の役割と可能性を見出しているように感じました。 
興味のある方はご覧ください。↓ 

新幹線死傷、虐待殺人の容疑者らの生い立ちが知りたい 
 
これらの事件から私の思考が行き着く先は、人は誰もが同じ現実を生きているのではないということ。 
 
きっと現実というのは人の数だけあってそれゆえに、自分は理解されないとか、相手が理解できないとか、互いに分かり合えないとか、、そんなことが日常茶飯事なのだと思います。 
 
新幹線の事件、虐待死させてしまった事件、その加害者たちにとっては「自分の現実」だけが唯一の絶対的事実になっていった。 
 
でも、している行為やその程度こそ違え、起きていることの構造自体は私も同じです。
 
今この状況(=あくまで自分の認識)ではこうすべきで、それが当たり前。そんな狭い独自の世界観の中で考え、感じて、行動してるのですから。
 
問題となるは、これまで通りの思考や行動が立ち行かなくなり、苦痛を感じそこから抜け出そうとしても、固定化された「自分の現実」から逃れられなくなったとき。  
 
自ら作り上げた現実にからめとられ身動きがとれなくなったときに必要なのは、客観的視点とそれに基づいた新しい現実の認識だと感じます。 
 
その人にとって他者の存在がとても重要だと思うのです。 
 
誰かの現実という壁が壊せないほど強固になってしまう前に、誰かが声をかけられたら、、、 
 
そう思うにつけ、自分になにができるか、なにがしたいか?を問いかけられてるように感じます。 

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