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ウトウトしてます

2018年7月4日(水) 雨のち曇り時々晴れ 
 
昨日キヨタカの実家から戻りました。 
 
実家には毎回パソコンを持参で行くのですが、腰を落ち着けてみている時間がなかなか取れないので、家に戻るとメールやいつものホームページをのんびりチェックします。 
 
でも昨日は、電源コードがコンセントに接続していないのに気づかないまま使用していて、バッテリーが空になってしまいました。 
 
以前なら電源コードを接続すればすぐに画面が表示されたのですが、最近私のパソコンは古くなったせいか、ずっと画面は真っ暗なまま。 
仕方なくMac Bookを閉じて充電を待ちます。 
 
もういいかな?とフタを開けもうんともすんとも言いません。 
もうしばらく放置して再び開けてもまだダメ。 
 
それでまたフタをして別な用事を済ませて、遠目にチラッとパソコンを見ると、スリープランプがゆったりと消えたり点いたりしています。 
 
その様子が、キヨタカのお母さんがリビングの椅子でウトウトしている姿を彷彿とさせてくれて。。
 
 
お年を召すと人もパソコンもウトウトして、やがて静かに永眠?
^^;   
 
でも
食欲不振で大騒ぎして「これで最期...
(T_T)」とキヨタカを何度も呼びつけるお母さんは、きっと私のパソコンより長生きするに違いない。(* ̄ー ̄*) 

 

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コメント

僕の『祈り』はこれまで『感謝』という言葉で言い換えられると感じていました。

そして、『願い』は『祈り』の中からどこかに消えてしまっていたようでした。

余命宣告を告げられた母に毎日マッサージし晩御飯を食べさせていると、いつもの定番のせりふの他に、「身体がぼろぼろだ」のような認知症とは思えないドキッとする言葉が出てきます。

熱が引いたせいか4年間続いていた過活動膀胱も復活したようで、ひとつあるいぼ痔が床ずれで痛いためか食事中5分おきに痛がることが増えてきました。

ウルトラマンの赤いシグナルが徐々に早く短く音と共に点滅していく。それを見て『願った』のを想い出すのと同時に、人々の願う気持ちがわかってきたのかもしれません。

父の死は突然で、肺炎が治った日に面会し、その夜息を引き取ったので願う間はありませんでした。

余命宣告を受けてから数日後に、起き掛けの瞬時の早い動きの視覚刺激?でめまいが始まり、すでに3週間ほど過ぎましたけどまだ治っていません。

そんなわけで、今日はマッサージと食事のお手伝いに行くのをやめました。

めまいのケアをしていたら急に母が逝くことがさみしく・悲しく(この言葉が的確かわかりませんけど)、とてもSURRENDERというものではなく、涙を流しながらいつものように一本道を歩いて病院に行きました。

すると、めまいとさみしさ・悲しさは同時に起きないのか、めまいが消えています。
めまいという図が地に引っ込んだだけかもしれませんね。

そして今、

『お年を召すと人もパソコンもウトウトして、やがて静かに永眠?』

を願う僕がいます。

ああ・・・
とてもリアルです。
適切な言葉は見つかりませんが
なにがどうであれ
リアルだと感じます。

すべての想いも感情も
明確な境界もないまま
リアルにただそこにあるようです。

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