スピリチュアル

ただ生きること

2017年3月22日(水) 晴れ by ヨガビジャ 
 

今年最初のリトリートを終え後片付けも一段落。 
 
春分も過ぎ、キッチンでストーブの温もりを感じなら眺める窓の景色に心が和みます。 
 
スズメがたくさん来ています。 
ふきのとうも次から次に出てきます。 
モクレンはやっと固いつぼみがほどけて花びらを広げ始めました。 
 
季節が巡るように、リトリートの手伝いに来てくれるスタッフと逢うのも久しぶりのこと。 
 
それぞれがそれぞれの体験を持ち寄り集うことは互いにとって刺激になり、シンクロニシティを感じたりもします。 
 
リトリートの片付けを済ませた夕食後の会話で感じた事があります。 
 
それは、人が迷い苦しみ、その果てに辿り着いた理解と境地は、どんな悟った人の言葉よりも真に迫って伝わるものがあるということ。
 
私は昔から様々な本を読むことで、自分の理解を深めて
迷いの霧を晴らしたり、自分を奮い立たせたりしていました。また、ある時期には和尚の言葉に感銘を受け和尚の本ばかり読み耽ったりもしました。 
 
フーマンのセッションの録音を何度も聞き直し、理解やそのフィーリングを自分の中に浸透させようと努めたこともあります。 
そのときの体験はフーマンのワークを受けた過去や
現在という時空を超えた、とても実存に近いものであったように感じられます。 

 
しかし結局ダイレクトな自己変容というのは、そういった優れた人々の言葉や導きよりも、先に書いた誰かの、あるいは自分自身の迷いや苦しみの果てに辿り着いた場所でより実感できたように思えます。 
 
もちろん決して先駆者たちの言葉が無意味とは思いません。 
 
言葉を受け取るタイミングもあるでしょうが、例えば<自分自身を受け入れる>という、「まさにその通り!」と感銘を受けた言葉や理解だけでは私の場合はなにも変わらなかった。 
 
どんなに時間がかかっても、遠回りどころか後退しているように感じられても、痛みや苦しみの中を
ただ生きることで訪れた「自分はこれでいい…」という境地は決して失われる事がなく、それが変容をもたらすようです。 

スタッフとの会話を通して自分と同じ体験と理解を得た人がいたことで明確になったのは、
 
ただ、実直に、生きればいいということ。
 
そして、このような理解と経験を共有できる人たちといられるのはとても貴重なことだということを改めて
思い起こしました。 

 

富士山って

2017年1月17日(火) 晴れ by ヨガビジャ 
 

浅間大社で富士山を眺めていたらこれ ↙ が頭に浮かびました。 

Photo『ブッタとシッタカブッタ2』 
 とあるページ 
 
 イラストの下にある言葉は 
 こちら 

 
 意識の焦点をしぼらないで 
 意識を頭の中から外へ 
 世界や宇宙 
 人生全体へと広げていくと 
 心はおだやかになっていく 
 
 意識を広げてものを見ること 
 それは「そのまんま」を見ること 
 
富士山には 
ポイッ!! (ノ゜▽゜)ノ ⌒~  と、 
 
意識を頭の中から外へと放り出す力があると思う。。  


過去は今に

2016年10月29日(土) 曇り by ヨガビジャ 
 

ここのところ毎月、小山と名古屋に行くのがルーチンワークのようになってきました^^ 
 
でも名古屋に関しては私がこんなに通うことになるとは、父も、家族も、当の本人である私ですら思いもよりませんでし
た。^^; 

 
実際父の独り暮らしが始まって以来、周囲の誰もが確実に「ボケ」が進むと予想していたので、生活の変化に父が適応できるかの確認も含め、私は最初の数ヶ月のつもりで通い始めたのですが・・・

 
なんと、キヨタカが日誌で書いたように 父の認知症は母がいた時よりはるかに改善
sign02という結果に。。
 
介護認定の再審査の時は、
 
審査官:お母さんがいなくなっていかがですか? 
 
父:・・・極楽
( ̄⊥ ̄) キッパリ 
 
 
審査官:ストレスがなくなって楽になったんですね? 
 
父:・・・そう
 ( ̄⊥ ̄) キッパリ 
 
 
よがび:(ああ、次の要介護認定はもう無理だ… 
_| ̄|○ ) 
 
 
という感じでした。  
 
実際、父は私が行かなくてもちゃんと生活できるのだと思います。 
それでもなぜ私が実家に通うかといえば、父と過ごす時間が楽しいからだと思います。 
 
子供の頃、求めても決して得られなかった安らげる「家」としての存在を初めて感じているのかもしれません。 
 
たまにキヨタカが言います。 
「いつもケンカをして問題だらけだったわけではなく、家族の団欒のようなことだってあったんじゃないの?
(・・ ;) 」と。 

 
確かにそうかもしれません。 
でも少しばかりのポジティブは突発的なネガティブはもちろん、継続的なネガティブの中ではないに等しいものなってしまいます。特に無力な子供にとっては。 
 
ある時期の子供にとって家は世界なのだと思います。 
 
安ぎのある家の存在は子供に「世界には安らぎがある」という自然な感覚を生み出すように思います。それは生きる上でベースとなる無意識な「信頼」の感覚といえるかもしれません。 
 
私にはそういったベースがないことが、様々な生き難さの原因のひとつだったと感じています。 
 
私は実家に行くと、布団を干したり衣替えを手伝ったり、日用品の買い物や掃除、食事を作ったりしています。 
 
そして夕食時、健康のためという名目のお猪口一杯の晩酌をテレビを観ながら父と楽しみます。 
スポーツやバラエティ、旅の番組では「ここ、行ったね!」とか、
動物番組やビックリ映像ではふたりで声を上げて笑っています。 
 
きっと父も私も昔からこれを求めていて得ることができなかったのでしょう。さまざまな理由で。 
 
たくさん笑った後の帰りの新幹線の中で、私は自分の中の変化を感じます。 
 
少し軽くなって、ハートを中心にほのかな温かさが広がる感じといいましょうか… 
癒しが起きている感じです。 
 
 
・・・ 
 
今回感じたことを忘れないようここに記しておきたいと思います。
 
・・・ 
  
出発間際の車両に乗り込み、窓側の席に座って荷物を整え 
一息ついたら動き出す車窓 
 
窓の外には 
澄んだ大きな青空とビルや民家が続く街並 
 
私はさっきまであの街の中にいた 
 
でもこの空は見えていなかった  
 
私を取り囲む現実はリアルだけれど 

自分の認識の外にも世界はある 
 
これらすべてを1つとして認識できたら
私にとっての世界はまた変わる気がする

 

国道414

2016年10月13日(木) 曇り by ヨガビジャ 
 

一昨日、キヨタカと沼津に出掛けて用事を済ませ、その後キヨタカはウィンドサーフィンへ、私はバスに乗って帰宅しました。 
私はバスや電車に乗るのが好きなんです♪ 
 
沼津駅始発の伊豆長岡駅行きのバスを国道沿いのバス停で待っていました。 
 
海に突き出した半島の海沿いの街によく見る景色。 
何十年もそこにあったような古い家を交えほぼ隙間なく並ぶ軒先。 
その家々の間には細い路地が不規則に奥へと伸びていて、その先がどうなっているのか好奇心が騒ぎます。 
 
私が立っていたバス停はそんな風景の中、交通量の多い片側一車線の国道にありました。 
 
狭い路肩、民家の塀を背中に感じながら立ち、私の右手には国道へと繋がる細い路地。そこから出てくる車にとっては見通しの悪いT路路なので、正面には確認のミラーが2つ設置されています。 
 
そのミラーの中を通り過ぎて行く車と、久しぶりの秋の青空を漫然と眺めていると、突如車の往来が止み無音のヴェールに包まれます。 
 
しばらくすると再び耳に慣れた往来の音。 
 
そしてまた無音。 
 
無音に包まれ目を閉じると 
私が誰だか分からないような 
そもそも存在などしていなかったような 
感覚をおぼえます 
 
目を開ければ 
元通りの世界と私 
 
他がなければ私はない 
私がなければ他は存在しない 
 
普段
認識している世界がひとつあるのではなく 
世界は重なりあって存在する 
私はそのひとつを選んでいるにすぎない 
 
そんな思いが
交錯した 
国道414号 

ハーフリトリート

2016年7月31日(日) 晴れ by ヨガビジャ  
 
昨日まで5日間ほど名古屋へ行ってきました。 

私が家に到着すると父は昼ご飯の食器を洗っていました。 
部屋はきちんと片付いています。 
ただ、頑なにエアコンを使わないため父の部屋は暑く、毎年恒例の 

ステテコ&ランニング姿。( ̄⊥ ̄) マイドー 

少々アイスを食べ過ぎてるのか、前回よりお腹にお肉がついたような。。 
 
でもまあ、元気そうだからそれはよしとして、、
 
よがび:今回どこか行きたいとこある?
(・・?) 

    バスか電車だけどね。。 

父:空港(セントレア)に風呂入りに行くか…?( ̄⊥ ̄) 

ということで、名鉄特急に乗ってお風呂に入ってきました。 
 
私は女湯に入ってから、そういえば父にとっては久しぶりの1人で入る外風呂だし、ロッカーとか使えるのかな? 
いつかは露天風呂に入ったら中に戻れなくなって、外から手を振って
義兄に中に入れてもらったと聞いたし…( ̄- ̄; )と,私は不安を感じながら湯船に浸かっていましたが、お風呂を出て待合わせ場所に行ったらちゃんとそこにいました。
 

*** 

いつも私は
家で家事をするだけの滞在でしたが、こうして外に出るのは自分にとっても父にとってもいいことのように感じて、今回は父に声をかけてみました。 
そのせいで掃除は十分にできなかったけど、いつもとは少し違った名古屋だったような気がします。 
 
で、ふと思ったんです。 
これって、ハーフリトリートみたいだな…って。 
フーマンに出逢ってからそのサジェスチョンに従い、何度かソロリトリートを行いました。自然の豊かな場所で人や日常生活から離れ、祈り、瞑想、浄化に捧げる数日間。 
それはそれとして素晴らしい経験をでしたが、日常生活に戻ると
それは徐々に失われていきました。だから、またしばらくしたらリトリートに入って…と繰り返していたのですが。 

*** 
本来リトリートとは、隠遁や退却を意味する言葉です。

今回私は父といて、ある時、自分の中に去来する「お決まりの感情や思考」から一歩引いてみようと思いました。 
そしてそれは内的なリトリート、現実に人と関わっているのですから、ある意味ハーフなリトリートのよう…と感じたのです。 
そうすると、感じる感情も様々な思考もいつもより穏やかです。 
うちはあまり円満とは言いがたい家庭なので、父と過ごしていても母や姉の想いが頭を過ると胸がモヤっとしますが、それもやがて過ぎ去っていきます。 
 
これは単に「気づきを保つ」ということのようにも思えますが、微妙に違うのです。 
父といて気づきを保とうとしたら、私にとってはその感覚はもっとクールなものです。 

この人と関わりながらの内的リトリートは、目の前の相手と繋がることが1番で、同時に自分の中で起ていることを受け入れてそれに巻き込まれない。 
するとよりくつろぎ、ハートの感覚が豊かです。 
その全体を感じながら過ごしていると、自分が常習的な思考や感情から自由でいられる存在であることが思い起こされます。

そう、この日常の中で。 
 
今回たまたま思いついて行ってみたのですが、私にとっては新たな扉を見つけたような感覚でした。 

ソロリトリートが必要な時期もあるでしょう。 
でもその経験が日常と分離したものだとしたら、私の魂はいつまでも満たされないままです。 
 
***

よくキヨタカと話すのですが、子供にとっての家庭は、その後も本人にとっての「世界の原型」になっていると思います。 
そして父は男性、母や姉は女性の原型に。 
家庭が優しいものであれば、その子にとって世界は優しい。 
父親が頼りがいのある人なら、世の男性は頼もしい。 
母親や姉が厳しければ、世の女性たちは厳しい。 
 
成長の過程でそうではない人たちに出逢ったり、そうではない経験もするでしょう。それによりこの原型イメージは多少修正されるかもしれませんが、大人になってもなおこの原型イメージは大きな影響を人生に与えます。(あくまで私の経験と理解です) 
 
生きていくなかでなにか問題があるとすれば、そこには本来の私へと続く扉が隠されているのだと思います。

このハーフリトリートでその扉をひとつ見つけたかも?というお話でした。 
160728_105255_ed_ed_2 

 アイスが溶けまくる父sweat01 ( ̄⊥ ̄;)

 

究極より使える真実

2016年7月23日(土) 曇りのち晴れ by ヨガビジャ 
 
さっきリトリートで使った物を片付けに倉庫に行ったら、いつもながらの雑然とした有様に「段ボールだけでも片付けよう…」という気になり、片付け始めたら、止まらなくなりました。 
 
倉庫は打ちっ放しの
コンクリートなので湿気が籠りやすく、陽の当たらない奥のスペースにあった段ボールにはカビが生えていて、大きなゴミ袋はあっという間に一杯になりました。 

 
このとき頭の中によぎった言葉がこれ。  
 

菩提本(もと)樹(じゅ)無し 
明鏡も亦台に非ず 
本来無一物(ほんらいむいちもつ) 

何れの処にか塵埃(じんあい)を惹かん 

 
六祖慧能の言葉なんですけど、、 
 
うちの倉庫は、塵埃だらけです。。_| ̄|○ 
 
どちらかというと
うちには、慧能と同じく五祖弘忍の下で修業していた神秀の、こちらの言葉の方がしっくりきます。

 
身は是菩提樹 
心は明鏡台の如し 
時時に勤めて払拭(ふっしき)して 
塵埃(じんあい)をして惹(ひ)かしむることなかれ 
 

そう、、
時に勤めて払拭していれば、 
こうはならないよね?
( ̄- ̄; ) 

 
スピリチュアルにも、究極的には慧能の言葉が真実なのでしょうが、時や場合、人によって、真実は違ってくるように感じます。 
 
今の自分の現実に即していない真実は、たとえ究極であっても、役に立たないどころか、害にさえなりうる気がします。 
 
今この時の、自分の真実はなにか? 
 
背伸びしないで、そう問い続けられたなら、いつの日にかその究極が自分の生きた真実となる、、そう感じました。 

マザーの言葉

2015年8月8日(土) 晴れ時々曇り by ヨガビジャ 
 
 

最後の日誌から早くも3週間ほど過ぎてしまいました。
明後日から小山に帰省しますので、また当分お休みになると思いますが…
(;^_^A 
 
 
先日たまたま、マザー・テレサの言葉に出会いました。 

 
*** 

 
思考に気をつけなさい、 
 
それはいつか言葉になるから。  
 
 
言葉に気をつけなさい、 
 
それはいつか行動になるから。  
 
 
行動に気をつけなさい、  
 
それはいつか習慣になるから。  
 
 
習慣に気をつけなさい、  
 
それはいつか性格になるから。  
 
 
性格に気をつけなさい、 

それはいつか運命になるから。  
 
 
マザー・テレサ 
 
 
*** 
 

深いな・・・と思いました。 
 
自分の目の前に広がる現実に、「なぜこうなった?」と思うことは少なくないけど、その根本にまで遡ってみたことはなかったので。 
 
自分自身の責任を負うこと、それが真の自由を手にする資格、そう感じました。 
 

両翼を広げ

2015年6月2日(火) 曇り時々晴れ by ヨガビジャ  
 
 
かなり前からイノシシ対策の一環で朝の駐車場のゲートを開けるのは私、夕方ゲートを閉めるのはキヨタカと自然に役割分担ができました。 
 
私は朝ゲートを開けるとそのまま庭で花の写真を撮り、いつの頃からか瞑想ホールで瞑想をするようになりました。 
 
早朝の瞑想ホールでの瞑想はいいものです。 
 
特に花の写真を撮った後は自然に自分をハートに感じることができますから、そのままただ在り坐っています。 
 
とはいえ、最近はあまり長時間しっかりと坐ることもなかったですし、運動不足も手伝って少々姿勢が悪く、以前のようにすーっと深く瞑想に入ることができないこともあります。 
 
そんなときは上半身が少し前傾していることが多く、いろんな思考が来ては去っていきます。 
 
その上半身を起し、下腹を意識して、身体の中心に頭が乗っかるように背筋を伸ばすと、本来あるべき場所に収まったかのように、身体のどこにもテンションを感じずに坐ることができて思考も止まり、すーっと深く瞑想に入っていくことができます。 
 
瞑想、あるいは自分自身の深みを味わうことの近道のひとつは、この身体を快適に保つことではないかと思います。 
 
禅でいう「心頭滅却すれば火もまた涼し」などとしゃかりきにならなくても、こちら側の現象(物質)世界を整えれば、自ずと霊的世界への扉はやさしく開かれる気がします。 
 
また「
所詮この世界は幻想だから…」と、こちらのことをそっちのけであちら(霊的世界)のことばかりやっても、結局はこちらのことが足枷となり、あちらには行けなかったりもします。 
 
 
アジズが来日し始めた頃、私はアシズの個人面談を受けました。 
 
その頃はただここに存在することが苦痛で、なにをどうしたら… というアイデアも一切なく、完全にお手上げ状態の私はアジズに、 
 
 
私にはここにいる理由も、目的もありません。 
 
ただ消えてしまいたいです。 
 
 
と言いました。 
 
 
するとアジズは、 
 
 
気持ちはわかる。 
 
だが、現に今あなたはここにいるのだから、どうしようがある? 
 
 
と答えました。 
 
(この後もアジズはなにか話していましたが、この一言のインパクトが強くて忘れました) 
 
このアジズの素っ気ない答えがショックだったこともありますが、同時に「そうだよね、ぐだぐだ言ってもしかたない…」と、なにも状況が変わったわけではないですがぐだぐだするのは止め、居心地の悪さの中でハラを括ることができました。 
 
そしてフーマンと出会い様々な経験をして今にいたるわけですが、つまるところ目覚めたい、本当の自分として生きたい、悟りたいと心から願うなら、それを妨げる要因として捉えやすいこの現象世界の細々とした日常を生きることは、決して単なる障害や問題などではなく、あちらの世界への橋渡してくれるものなのだと理解しました。 
 
より高い視点からみれば、この世に意味のないことはないといいます。 
 
なにかが無意味に思えるとしたら、それは低い視点で、狭い視野から世界を眺めているのかもしません。 
 

Tori_6  
 
 
 
 
この二元性の世界で 
 「霊と体」の両翼を広げ 
 未知なる世界へと向かうため、 
 私たちはここにいるのでしょうから。


揺れるこころで

2015年5月21日(木) 晴れ by ヨガビジャ 

 

昨日の日誌ですが・・・ 
 
首を絞めたいと思っても、同時に喜ばせたい自分もいる。 
人は相反する感情を同時に持ちうる存在なのではないかと思います。 
 
できることなら、暗い想いは手放し、愛に満ちた感情だけを選びたい。 
 
でも、私の場合
それはうまくいきませんでした。 
 
罪悪感と無力感に苛まれ、結局暗い想いそのものを自分の一部として受け入れるしかなかった。不意に訪れる光の側の感情と同じように。 
 
すると少しずつなにかが変わっていった。 
自分がひとつにまとまるような。 
 
人は白黒をはっきりさせたいのかもしれません。 
ひとつだけを選びたい。
 
相反する感情を抱き続けるのは、常に矛盾を内包するようで不安定で居心地が悪いから。 
 
でもそのすべてを感じているのが「私」なんですよね。 
 
人のこころは複雑です。 
首を絞めたいと言ったとしても、それがその人のすべてではないのです。 
 

話は飛びますが、どくだみはその独特の香りと名前から毒があると思われがちですが(← 私です(^^;ゞ)、他の毒を矯める薬効があります。 
 
Img_1343 
毒に触れても 
 毒に染まらず 
 
 凛として純白 
 
 
 憧れます。。 
 
 
で、、長くなりますが、久しぶりに庭の写真を撮りましたのでアップしちゃいますね。 
 
Img_1362 みかんの花が 
 咲いてます♪ 
 
 今年こそ 
 おいしいみかんが 

 穫れるといいな〜♪ o(^-^)o  
 

 

Img_1320 夕べは雨が 
 降ったようで 
 今朝 
 ひんやりした空気と 
 土の香りが心地よかったです 
 
 
 
Img_1309 
 
 
 
 
 
 
 
Img_1338 芝生のバラのアーチは 
 ぼさぼさだけど 
 
 きれいな
バラが 
 咲いてます 
 
  
 
Img_1329 
 
 
 
 
 
 
 
Img_1372 本館の階段に、 
 はなみずきの花が散ったあと?
(・・?) 

 
 すべては変化し 
 流転する 
 完全な安定など 
 望むべくもない 

真のアイデンティティへ

2015年5月20日(水) 晴れ時々曇り by ヨガビジャ

 

昨日伊豆に戻りましたrvcar 

小山でタロット・リーディングの続きを行うつもりでいたのですが、結局できずじまい。お申込みいただいたみなさま、もうしばらくお待ちいただけますようお願いいたします。。<(_ _ ;)>

 
*** 

さて、小山から伊豆に戻る日はかなり忙しいです。。 
 
朝食を済ませ後片付けをして、キヨタカのお母さんが施設に持って行く荷物(お気に入りのベッドパットなど寝具一式、漬け物、おせんべい、、ラジオ等々)
をまとめ、車に運び入れ、最後にお母さんにお茶を出し一服してからお見送り。 
 
その後キッチンの片付けと伊豆に持って行くゴミをまとめたりしながら、冷蔵庫の残り物を保冷バックに入る量まで減らそうと、自分のお腹に収まりそうな物はつまみ食いしながら片付けます。。 

 
ここから先は昼ごはん.....( ̄~ ̄; ) 
 
でも当然、自分のお腹にすべてが収まるワケはなく、あれとこれはキヨタカが戻って来たら食べてもらおう…と考えてます。。 
 
そうこうしているうちに、キヨタカがお母さんを送り届けて戻って来たので、 
 
お母さん、大丈夫だった?
(・・?) と私が聞くと 
 
大丈夫 
(* ̄ 。 ̄)ノ とキヨタカ。 
 
私が残り物を片付けないと保冷バックに入り切らないことを告げ、そのまま残り物で昼食ということになりテレビをつけてお食事タイム。 
 
テレビでは母と祖母を殺害してしまった高校生の
ニュースが流れていて、それを観ていたキヨタカ、 
 
わかるよ・・・  
ボクだって首絞めたくなる時あるし .....
(-_-メ) 
 
 
えっ!? 
やっぱり送るときになにか言ってたの
(・・ ;) と私。 
 
 
キヨタカ:口うるさいんだよ、、あーしろ、こーしろって。 
 
     海に行く時はちゃんと日焼け止めをしろとかさ… 
( ̄^ ̄メ)  
 
 
よがび:子供はいくつになっても子供… なんだねー
( ; ̄ o  ̄) 
 
    きっと、子供のためを思って小言をいう、 
    それがお母さんのアイデンティティになってるんじゃない? 
 
    それがなくなると自分が自分でなくなっちゃうみたいな… 
    無意識にだけど。。 
 
 
キヨタカのお母さんは6人兄弟の末っ子で、子供の頃から上の兄弟たちの子供たち、つまり姪っ子や甥っ子の面倒をとてもよく見てきたので、今でもずいぶん慕われています。 
 
そして職業も看護婦でしたし、人の面倒を見ることに慣れていて、
本人にとってはそう振る舞うのが自然で当たり前になっています。 
 
ですからその逆の立場である「面倒を見てもらうこと」が苦手なようですが、年齢とともにこれまでのようにはいかなくなってきて、戸惑いや居心地の悪さを感じているのでは?と思うときがあります。 
 
そんなときやはり思うのです。 
 
私はだれか? 
 
この問が一度として脳裏をよぎることなく迎える人生の終盤は、焦りや戸惑いといった感覚から逃れられないのではないかと。 
 
でも興味深いのは、
数年前、キヨタカとお母さんがこんな会話をしていたのです。 
 
キヨタカ:ねえ、ねえ、 
     お母さんは子供の頃のことはすごくよく覚えてるじゃない? 
 
     その時のことを思い出すと、今の自分の中に 
     子供のときと全然変わらない部分があるの、わかる?
(・・?) 
 
 
お母さん:(しばらく間があって) 
 
     そうねー・・・ 
 
     娘時代と同じ、そのまんまの感覚のとこがあるわねー( ̄∇ ̄) 
     歳をとってないみたい。。
 
 
キヨタカ:それだよっ!
 
     ボクたちはそれをやってるんだよ!!
(つ ̄▽ ̄)つ 
 
 
この会話、近くで聞いていた私もお母さんが言っているのは不変の I AMのことだと感じました。 
 
この I AM 、意外とこんなふうに無意識のうちに認識していたりするんじゃないかと思うのです。瞑想経験のあるなしにかかわらず。 
  
違いは、それに価値を見出すか、ほかに価値を見出すかなのではないかと思います。 
 
そしてその価値に気づくときまで、それとはかけ離れた選択をし経験を積んでいる人もいる。  
 
さまざまな人が、さまざまな経験を積んで、自分で在り、そのときの自分として生きている。 
 
高い視点からみれば、なにも間違ったことなどないのかもしれません。 
 
P5190027_4  
 
 
 
 
 
戻りたい  
 自分がいます 
 

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